第19話 菫の告白
お茶会?はお開きとなり、桔梗さんが追加で焼いたクッキーをタッパで受け取る。
お礼を言って、帰ろうとすると菫ちゃんがイソイソと後ろから付いてくる。
「菫ちゃん?」
「今日、お邪魔してもいい?」
「昴なら新作のゲームを徹夜してまだ寝てるけど──」
「う、ううん、花君に用事があるの」
「俺に?」
ここじゃ駄目なのか?と疑問に思ったものの菫ちゃんが真剣な顔なのを見て、黙って了承するしかなかった。
「お邪魔します」
「どうぞ」
自宅に帰宅して二階の自室に菫ちゃんと入り、とりあえず菫ちゃんを置いたまま下の台所へ行き、三角の形をしたティーパックの紅茶を2つマグカップに淹れて自室に戻ると、菫ちゃんは布を被せ忘れていた絵画スタンドの絵を眺めていた。
「絵……また描くの?」
「……それ、去年の夏頃に描いたやつ。もう描いてないよ」
ホームセンターで買ってきた安い折り畳み式のテーブルにマグカップを置いて、言う。
菫ちゃんは今も絵を見ていた。
背中を向けたままなので表情は見えなかったが、何故か悲しんでいるように思えた。
「花君……。私知ってるよ、絵を描くのが今も好きだって」
「……どうかな。昔は描いていることが当たり前だったけど、今は何か違うと思うんだ」
こんな言葉を言いたくなかった。本心ではずっと好きだった。でも菫ちゃんには言えなかったのだ。
1番、ニコニコしながら俺が描いている絵を見てくれた菫ちゃんには。
「この絵、皆笑顔だけど花君が居ないよ?」
「……」
「花君?」
「柊……美術部の柊翼が描いた絵、見たこと菫ちゃんはあった?」
今では帰宅部だけど高校生入学時、俺は美術部に入部していた。
好きなことをそのまま出来る環境が、より色々出来ると思った。
でも、そこで出会った。否応にも魅せられた。
青いコントラストの空と雲、そしてそれを見上げる1人のワンピースを着た少女。
自分には描けない何かがそこにはあって、圧倒的なまでの実力差を見せつけられた。
悔しいとか、憎いとかそんな感情を挟むことすら不可能なほどそこにあるだけで1枚の現実になるその1枚絵を描いたのは天才だった。
「翼ちゃんだよね?うん、同じクラスだし良く一緒にお昼食べてるよ。でも絵は見たことない」
「コンテストで表彰された筈だから、まだ部室に残って……る今度見て。その絵は自分の中にあった全てを描くつもりで描いた。でもそこに何もなかった。何も……なかったんだよ」
「花君」
泣きそうで、でも我慢している顔をしていたこと菫ちゃんが俺を見てくる。
それでも目だけはずっと合わせたきた。
「私は花君の絵が好き。他の絵じゃ駄目……花君だから好きだよ」
「菫ちゃん──」
「うん。知ってるよ、断るんだよね? お姉ちゃんみたいに」
潤んだ瞳で、でもそこから逃げないよう全力で立ち向かう意志を菫ちゃんから感じた。
「それでも私の方がお姉ちゃんより先に好きになったんだもん。花君の良いところ、悪いところ知ってるし、嫌いなことや好きなことも知ってる。花君は──今の状態が壊れるのが恐いんだよね」
「うん……」
「だから、ね? 私のこともう菫ちゃんって呼ばないで菫って呼んでほしい」
どれくらい経ったのだろう。
菫ちゃん──菫が感情を押し殺して話をしているのに答えられなかったのは。
「……菫、俺は杏と菫が好きだ」
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