第18話 時雨崎桔梗

 何故かプリプリ怒っている菫ちゃんと、俺を愛玩動物か何かと勘違いしているんじゃないか、桔梗さんは焼き立てのアップルパイを丁寧に切り分けて、フォークに刺した食べ物を差し向けてくる。

 これはあれか、いわゆるアーンってやつなのかとぼんやりした頭で考えて、身体が止まっていた。

「お母さんたら、花君はもう高校生なんだから、もぅ!?」

「でもねぇ、菫ちゃんや杏ちゃんがこぉおおおんな! 小さい頃からの付き合いなのよ?これぐらいしても罰は当たらないと母さん思います」

 フォークを片手に、もう片方で地面から手の位置で幼き頃の自分の背丈を再現させられたのを見せられても、なんとも。

 少し伸びても中学から成長が止まってしまった我が身が恨めしい。

 それにしても罰とか、こおぉんなとか。

 桔梗さんにとって俺って実は未だに幼児なのかと思えてならない。

 確か、桔梗さんは母さんと父さんとは幼馴染と聞いていたがここまでなのはどうにも。

「それに親友の椿 つばきちゃんとさくらちゃんの息子なら、私の息子みたいなもんだしね」

 霞椿は俺の母親で、霞桜は俺の父親だ。

 幼馴染同士が結婚する確率って現実だと低いかなとか考えながら、いつまでもこのままでは仕方ないのでアップルパイを食べることに甘んじる。

 美味い、林檎の瑞々しくも生地のパリパリした食感とほんのりと蜂蜜の味。そしてアップルパイ。

 母さんが言っていた味だ。

「桔梗さん。……幸せの味って母さん言ってましたけど本当ですね」

「幸せの味ねー。私が作ったのなら嬉しいけど、実はね? これ菫ちゃんが作ったのよ」

 菫ちゃんが咳き込んで、俺が目を点にしているとフォークを皿に置いて桔梗さんで懐かしそうな顔で笑う。

「食で幸せっていいわよねー。そういえば花ちゃん、椿ちゃんまた缶詰? 昴ちゃんがそんなことを電話で言ってたから」

「はい、しばらくは」

 母親の話をするだけで桔梗はいつも嬉しそうな顔をする。

 その様子が羨ましい。

「内緒だって言ったのに!」

「ぇぇ!花ちゃんに隠す必要ないのにー。もう菫ちゃんは免許皆伝です」

「免許皆伝……格好良いし、う、嬉しいけど、もぅ!?」

 菫ちゃんが怒ったり、照れたりと今日はゾンビを除いて普段よりも感情が豊かだ。

 それに2人の会話は聞いて飽きない。

 でも何か物足りなく感じた。だからだろう、ここには居ない杏のことが頭に浮かんだのは。



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