第12話 鬼頭鬼灯&鬼頭春香 親子

 話を聞いていた茜はカフェオレを飲むのを止めて、マジマジと俺を見てくる。

 動いて暑いのか、額には汗が浮かんでいた。

 しかも何故か顔が赤い。

「……。あのな──」

 茜が何かを言い掛けていると、目の前でバットを持っている危ない人に見える(店長)が仏頂面のまま無言で俺と茜に親指を向けてくる。

 茜は無言で頷き親指を返すが、俺はポカーンとしてて意味が分からなかった。

「ちょ、お父──店長!!」

 と誰かが慌ててカウンターの方から出てきて店長を呼び止める。

 女の子だ。しかも見覚えがあるような気がする。

 自分のマイバットで取り憑かれたように過激な素振りする店長は、仕切りに頷くと何かに満足したのか、渋い顔のまま打席に入る。

「娘よ、止めるな。今、風が来てる!!」

 ゴルフみたいにバットを突き立て、しゃがみ込む体勢で向こうを眺めながら言っている店長。

 ここバッティングセンターだから、風は関係ないような気がすると思いながら女の子を見る。

「あ」と店長の娘と視線が合い、俺はその人を思い出す。

「ど、どうも」

 確か、橘に告白したマネージャーだ。俺は彼女と橘の経緯を知っているのもあり、少々気まずさを感じながらやや上擦った声で挨拶する。

「どうも毎度です。ええと、霞君だったよね? それと草壁さん」

 どうして俺は疑問系で、茜は覚えているのだろうか。

 どうせ俺は陰薄いよと霞花子が消沈する中、隣で今にも[ジャマ]って顔をしてる茜が目を細めて店長の娘にメンチ切ってる。

 喧嘩ダメだよ?

「初めまして草壁茜さん。私、鬼頭春香って言います」

 同じく初対面の俺は無視なのですね。

「なんだよ? あたしに何か用か?」

 当初の予定では茜と楽しくバッティングしようと思っていたが、茜と春香さんの対面に挟まれる形で今、修羅場化しそうなこの場からどうしようかと悩んでいる。

 すると鬼頭春香さんは今にも泣きそうな顔で茜を睨んでいる。

「言いたいことあるなら言えよ。理由知らないで敵対されるのって、その……意外と辛いんだ」

 茜が思い悩んだようにそう言うと春香さんは意を決して、俺の隣から身を乗り出して茜に顔を近付ける。

「先月のことですけど……橘君に振られたんですよ、私」

「え? は……?」

 それが私に関係あるのかと、本気で分かっていなかった茜と白々しいと今度こそ泣いていた春香さん。

「苦いな……」

 何かを知っているのだろうか。店長は呟き、発射されたボールを見惚れるようなフォームで打ち返す。

 このままじゃ茜が一方的に非難されて終わりそうなのを察した俺は、春香さんを刺激しないよう茜に説明をする。

 話した内容は以下の三つだ。

 1つ、春香さんは橘を好きなこと。

 2つ、橘が茜を好きだと誤解してること。

 3つ、その事を春香さんが勘違いしてることを言葉を選びながら茜に囁く。

 2つに関しては事実なので誤魔化せない。

 すると、どういう事でしょうか、今度は茜が不機嫌な顔で俺を見てくる。

「橘? だから?」

「いや、だから」

「……っ!!」

「ちょっと待ってよ!」

 何が気に入らないのか、茜はカフェオレを一気に飲み干してベンチから立ち上がる。

 俺は慌てて茜の手を掴んだが、泣きそうな顔で振り返る茜に、どう言葉を掛ければ良いのか言葉を失ってしまう。

「ごめん。今、自分がどうしたらかいいか分からないから……帰る」

 そう茜は手を優しく振りほどいて早口で俺に言うと、そのまま帰ってしまった。

 取り残された俺はどうしたら良かったのか分からず、茜に奢って貰ったカフェオレを無言で見ていると、俺のの両肩に手を置いた店長は、耳元に小声で言う。

「ウチの娘がすまなかった。茜ちゃん、実は今日、花君に喋りたいことがあるからと言っていたから」

「……。店長、どうもありがとうございました。春香さん、確かに橘の奴は茜が好きだと思います。でもそれは茜には関係ないし、茜は気が付いてなかったんだよね。だから──俺の友達に酷いこと言って泣かせないでよ? 」

「……ごめんなさい」

 そう穏やかに春香に言った花子はカフェオレを無理矢理に一気飲みした後、ダストボックスにスチール缶を捩じ込んでバッティングセンターを後にした。

 自分が酷いことをしていると泣いている春香に父、鬼頭鬼灯は娘の背中を摩りながら霞花子が出て行った方向を見ていた。






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