第7話 デートorデッドor後悔

 帰っていった昴を見送った後は買い物に付き合うことに。

 時雨崎姉妹の後ろを散歩に連れていかれた黒いワンコの如く、ついてく、ついてく。

 目的地は聞いていないので、脳死したままついて行くこと数十分。

 所沢駅前から少し離れたショッピングモールに入った一行は2階までエスカレーターで行き、ある1件のお店に足を止める。

「え……?」

 呆然と店内を見て目が点になる俺と意気揚々と店内に入る姉妹達。

 店先にはグロテスク満載なゾンビのイラストや筋肉マッチョメンが銃火器を肩に背負って満面の笑みを浮かべながら親指を突き出している等身大の人形がある。

 そして店内に響く野太い男の「ちくしょう、やらせるかよ!! ちくしょう、やってやる!?」って言葉が俺の鼓膜と脳内を麻痺させた。

 あれ?最近の女子のトレンドってこんなに殺伐としたものなのかと。

 いやいや、そんなことないだろと手に汗握りながら自問自答していると杏が戻ってきて俺を見てくる。

「花?どうしたの?」

 後ろを付いてこない俺に何してんのって、目線で非難するのはいいが、俺が聞きたい。

 仕方ない、これは杏の幼馴染みである俺にしか出来ないことだ、そうだと自分を鼓舞した。

 口が緊張でカラカラになりながら必死に誠心誠意込めて選びに選んで出てきたのは「……好きなのか?」だった。

「え?あ……う、ううん? なんて?」

「だから……好きなのか?」

「ちょっ!? い、いいい、いきなり何言ってんのよ!?」

 どうして赤面しながら叫んでいるのか、俺は本気で理解出来ないが、オドオドしている杏を見るのは新鮮で楽しい。

 いやいや、本当。だって昔から不機嫌か上機嫌かしかない両極端な人間だと思っていたからだ。

「は……? 俺は本気だ。それを知っているか、知らないかじゃ今後の対応にも影響してくる」

 主に血みどろスプラッタ大好き女子として周囲に知られぬようフォロー役に徹するため。

 流石に桔梗さん(時雨崎姉妹の母)に二人を強制的に頼まれた以上、責任を負う立場として、今後の学生生活だけは助けないと。

 杏の面の厚い皮被りが1級品に上手くても、ふとした弾みで出てくる本性だってあるだろうに。

 菫は昔からゴリゴリのゲーム脳だから知っていたが、杏は至ってノーマルと思い込んでいただけに自分が迂闊だったと言わざるを得ない。

「……なの」

「え?なんだって?小さくて聞こえないよ」

「だから、好きなの!! 小さい頃からずっと好きだったし、今も好きなのよ!? 悪い!?」

 なんてこった、どうやら昔からの筋金入りと来ましたか。

 これはこれは最早ネタどころではない。

 知りたくなかった真実を知ってしまった人と言うものは、嫌な汗が出るものなんだな。

 それにしても桔梗さん、我が子にグロテスクなゲームや映像を見せるのはどうなのかと、苦虫を噛み潰したような顔で考えていた霞花子に、赤面していた杏は急にオロオロした顔をしていた、しかも泣きそうだ。

「何とか言いなさいよ……」

「……好きなのはいい。でもどうしようか。俺にはまだ分からないんだよ」

 やべぇよ、本当にどうしよう。

 聞いた手前、否定するべきか否か、しかも本人にとってそれは切実な物であるらしい。

 しかし、筋金入りだと立てられる対策すらない。

 でもそれでもいいかと開き直ることにした。

 だって、それを含めて時雨崎杏と言う少女はここに居るのだと。

「……聞いたのに答えを言わないつもりなの?」

「杏が好きなら応援する。学生の間は裏方に回るつもりでもいる。桔梗さんにも杏達を頼まれた訳だし、そうするって決めてたから。それに個人が好きなことを誰だろうと非難しちゃいけないんだと俺は思う。それが答えじゃ駄目か?」

「……駄目じゃない、でも応援って意味分かんないわね。花の気持ちが知りたいの、私は。私で本当にいいのか……だってそうでしょ? 散々酷いことした自覚はあるし」

「俺の気持ちねぇ……?」

 もしかしなくても言い分に食い違いがあるのはさっき気が付いた。

 俺が聞いた好きってゾンビゲーとかFPS系のゲームとか映画が好きなん?って感じだったんだが、杏が好きって言ったのはどうやら俺みたいだ。

 時雨崎杏は美人だ。菫ちゃんは兎みたいで可愛い。

 でも異性として好きかどうかって言われたら考えるんだよな。

 童貞拗らせ野郎が贅沢こきやがって思われるかもしれないがそうなんだよな、実際。

 好きとか嫌いとかの次元じゃなくて一緒に今まで居たから付き合う云々って違くねって感じ。

 それに杏に対してじゃなくても大半の女子に関して俺は一線後ろへ引いている。

 理由は簡単で言い知れぬ恐怖からだ。

 主な原因でもある目の前の少女のしおらしさを見てもそれは変わらなくて。

 ヘタレな俺は立ち竦む。中学で、好きだって告白してくれた後輩にもやんわりと断わってしまったのだ。いつだってそうだ。

「へぇ!? ……俺の気持ちってなに? 俺が聞いたのってゾンビとか銃火器ぶっぱなす叔父さんが出る映画とか好きなのかなと思ってた──んだ、け、ど?」

 心の中で杏に謝っていた。

 杏が俺をそんな目で見ていたのかと知らなかったけど、俺は今の関係性を壊したくない。

 でもそれは俺の一方的な都合でしかない、そんなこと最初から分かっていたのに。

 今目の前で泣いている少女に、俺はどう答えればよかったんだって本気で後悔してしまった。

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