第6話 霞昴
橘輝道と草壁茜のやり取りは世間話程度であった。
部活の話だったり、今度の土日何してるだったり。その会話をしている間、頬を痙攣させドン引きしている茜の空返事。
橘は必死に茜の気を引こうとしているが、全力で空回り中である。
「おーい、橘! 般若の奴が怒り心頭だぜ!」
教室の外から体操服で声を掛けてきたのは、鈴木だった。
たいして話してない僕達にも感じが良い人で、顔面でボールを頻繁に受けるから鼻には常に絆創膏を貼ってあると笑い話に本人は言っていた。
因みに般若とは部活の顧問だ。
常に目頭を釣り上げ、笑う姿は完全に恐い人だから般若と呼ばれている。
「うげっ!? 分かった直ぐ行く! そんじゃな茜、霞!」
唐突に現れて、直ぐに居なくなる橘の背中を手を振りながら見送ると隣で憔悴仕切った顔の茜が唸る。
「気持ちが参るぞ、ったく」
元気がない足取りで茜は少し歩き、思い出したように霞を見る。
「……サンキューな。その、助けてくれて」
恥ずかしそうに呟き、教室から出ていく茜と取り残された俺。
そして今朝のやり取りを思い出して顔が青ざめる。
「うぁあああ!! そういえば校門で杏を待たせてたんだった!?」
人の心配をしている場合ではないと急いで鞄を肩に背負い、小走りで校門へ行くと不機嫌そうな杏と宥める菫ちゃんが居た。
「ごめん、遅くなった!」
「もう遅れるなら連絡しなさいよ、心配したじゃない!」
「お姉ちゃん、過保護だよそれ」
話の経緯を聞くに校門で待っている杏がいつもより来るのが遅い俺に何かあったんじゃないかとソワソワしていたらしい。
「犬君や猫ちゃんじゃないんだし」
と菫ちゃんが落ち着くよう言っている最中だったが、菫ちゃんの脇に隠れて口元を手で抑えて笑っている少女が俺を見ている。
「そうそう、意外と丈夫だしね。あ、やっほーお兄ちゃん、今日も愛されまくりで嬉しいね?」
「確かに丈夫だけど、どうしてここに居るんだ昴?」
中学三年生の妹、霞昴は愛くるしい顔で「ひどぉーい」と批難してくる。
普段こんなぶりっ子のようなことをしないので面の皮が厚いとはこいつのことだと思う。
低身長童顔で、一緒に歩いているだけで近所なら姉妹か警察なら童子誘拐だと勘違いされる俺の心情も察してほしい。
「買い物行くって菫ちゃんから聞いてたから付いて行こうとしただけなのにー」
「……妹よ、ちょっと来なさい」
絶対に俺を茶化す為に付いてきたのは間違いないので、手招きすると昴はスキップしながら来る。
「ほら……後は分かっているな?」
「グルグルカード一枚だけー……?」
「分かった2枚……。今回は2枚までだ!」
「毎度毎度ー」
ウキウキ顔で俺の手元にあったカード二枚を昴は受け取り、ニヤリとニヒルに笑う。
将来は悪女か男を手玉に取りそうな悪党面だ。
昴がここに来たのは、杏をこれ以上暴走させないようにする俺から課金カードを貰うためである。
合計3000円の出費は痛いが背に腹は変えられない。
「菫ちゃん、ゴメンね、実はさっきお母さんから買い物頼まちゃって行かないといけなくなったの」
勿論、完全なデタラメで嘘八百。
急な用事で申し訳なさそうに謝る昴を菫ちゃんは残念そうに微笑んでいいよって言う。
俺がした訳でもないのに罪悪感が凄い。ごめん、本当にごめん。
「杏ちゃんも今日はごめんね?」
「家の用事なら仕方ないじゃない。気を付けて帰ってね」
霞昴は元気良く返事をしてニコニコしながら帰っていくのであった。
何しに来たんだよってツッコミは心の中に留めることにする。
「あ、お兄ちゃん!ゲッコー君ってまだ居るの?」
「えー……楠ならやんごとなき事情により、もう帰ってる」
「やんごとなき事情? えーつまんないな」
中学三年生の少女にゲームでボコボコにされている楠月光を想像して同情したくなるのだった。
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