第4話 草壁茜
こうして完全敗北したまま、登校時のやり取りを昼休みに話している。
後ろの席へ椅子を方向転換させ、開口1番に平謝り。
目の前で椅子に座りながら顎に手を当て、鉛筆を走らせる手を休めて、俺を見ている女子高校生が頭を傾ける。
ウェーブが掛かった茶髪の長い髪を後ろで束ね、鋭利な眼光で俺を見る。
もう春過ぎで梅雨の時期になる。他の生徒は半袖で過ごす中、長袖のまま着崩した制服。
対面だと胸が見えそうなので、自粛して欲しいとお願いしても聞いてくれないから困るわけだ。
そして校則で禁止になってる耳に付けた星型のピアスが、チラリとその存在感をアピールしてくる。
対面して、説明して、最初に俺が感じたことは気まずさだ。
彼女、草壁茜と時雨崎杏の両名は仲が悪い、それは会う度にオブラートにした皮肉と悪口を含んだ応酬が飛ぶほどで、俺は高頻度でそれを仲裁する。
「ふん、予定を潰されるのはまぁいい。それがあの面倒な女の件じゃねければな」
吐き捨てるように鼻で笑う茜は、少し不機嫌に自由帳にまた鉛筆を走らせる。
「茜」
「ったく……。怒るなよな?」
やめだやめだと自由帳と鉛筆をしまい、茜は片手で顎を乗っける。
「ヤンキー女って、それ自体は人に対する侮蔑だと思うんだけど」
「確かにそれはそうだけど、杏は面倒い女なんかじゃない、我儘なだけだ」
茜は、それが面倒いってことなんだけどって顔でため息がこぼす。
「第一、あたしが嫌だって言ったらどうすんだよ?」
「茜は多分言わないよ、優しいしね」
「はっ、こんな顔面凶器の野郎が優しいだとか笑えるね」
自分の容姿は自分が分かっているとばかりにそう言い、つまらなそうな顔で窓を眺めてた。
その横顔は少しだけ頬が緩んでいるようにも
、皮肉気に笑っているようにも見えた。
草壁茜はヤンキー女。その噂が一人歩きし始めた1年前の頃には、茜はクラスから孤立していた。
ヤンキーって今時あまり聞かない単語だが、まぁこれには事情があった。
6歳上の草壁茜の兄が地元じゃ有名な不良グループだったらしい。
その妹である茜に事実かどうかを確認するために難癖付けに行った男女五人の上級生を一人で制圧、そして嫌がらせに噂を流されしまう。
しかも茜自身が否定しなかったことが災いし、事実として周知される結果となる。
そんなヤンキー女こと草壁茜との出会いは長くなりそうなので大部分を省略するが、切っ掛けは今、彼女がしまった自由帳だ。
「また霞くん、草壁さんに声掛けてる」
「あいつら付き合ってるの?」
陰でコソコソ話され、しかも聞こえてくるのでどうしたものかと考えてると机を思いっきり叩いた茜が、顔面凶器の顔で辺りを睨むので周りだけでなく俺がビビる。おいおいってツッコミしたい。
なんで、俺の周りには恐い女しかいないのか。
「ま、まぁ埋め合わせじゃないけど今度、
橘も誘って行こうか?」
「……。橘? 嫌だね、熱苦しいし、不潔なのは」
橘、お前……嫌われてるぞ?
別なクラスに居るハンサム少年。その名前は橘輝道。
サッカー部のエースで自前の合言葉は努力、根性、熱血。
ルーティンは練習前に四股踏みすること。
それだけなら確かに熱苦しい感は否めない。他には女子マネに口説かれたとか、鼻糞ホジホジするとこ、声クソデカイ。
恐らくこの学校一1番熱い男だろう。だが諸君、聞いてほしい。
鼻糞ホジホジしてもモテる、イケメンに限るってどうなのか。
因みに橘、茜のこと好きなんだよな。
「じゃ、楠は……?」
「その前に来たがるのか、奴が?」
「いや……行きたくない、てか死ぬな。僕に振らないでほしかった」
隣で本を天高く頭上に上げて読む、如何にも理系男子っぽい男が当たり前だろばかりに早口で喋り、暗くなる。
何かカッコイイ──って本のタイトル!
「楠……何読んでるんだよ?」
「……ん?「大好きを求めて」だが……?」
「いや、ん?じゃないよ」
「……ん?そうだが?何か?」
澄ました顔で何を言っているんだよって顔でこちらを見ないでほしい。
俺が異常なのかと思う。なんで日中に堂々と小さい女の子の可愛いイラストが描かれた本を見てるんだよ、コイツは。
「……」
そして草壁は反応に困る複雑な顔で楠を見ていた。
「やっぱなし、二人で今度行こうぜ?」
楠。本名、楠月花はこのように変態としてクラスでは認知されているものの筆記試験を全教科満点を叩き出すほど勉強が得意なのだ。
特に歴史については完璧に暗記しているのか、史実の人物を言うだけで生年月日から歴史上の功績まで年単位で言え、末恐ろしさを感じる。
変態奇人でなければそのルックスは長身で細身の理系眼鏡イケメンだが、なんせ1つの短所が全てを駄目にするほどの癖っけが強い人物。
今年、新学生に告白されるも、その実態を知って敬遠される悲しき男子。
極度の運動音痴なので体育関係の授業を全て体調不良で出てないなど有名だ。
「それは願ったり叶ったりだ。僕の壊滅的なフォームを慰みものみたいに眺めたければ話は別だが、な!」
「ブレないし、相変わらず訳わかんねぇな、楠」
「うーん、ある意味通常運行でもあるよな、この感じ」
楠の暴走。つまりは厨二病とでも言えるのか。
彼は痛い自分など最初から眼中に無い。
それが後の黒歴史として未来の自分を悶絶させようなどと考えていない。
それが楠の良いところでもあると達観した視線から思うのだった。
「頼むぜ、楠。お前を見てると友達止めたくなるんだぜ、これでも」
「草壁、僕は友人が少ない。でもお前を友人だと思っている僕に対してのその言動は、短絡的に言って傷付くんだぞ?」
因みに草壁茜はこう言っているが楠のことが嫌いではなく、これが通常の接し方となっている。
そして楠は豆腐メンタルなので落ち込んでいた。
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