第3話 時雨崎菫

 翌朝。

 タッパを持ってお隣に行くと菫ちゃんがまた申し訳なさそうに頭を下げてきたので、気にしないでとお礼を言い、杏が来るのを玄関先で待つことにした。

 時雨崎菫は杏の双子の妹だ。普段は気が弱いのに、ゲームになると豹変したように好戦的になる。

 そして本気で怒ったら俺は杏より恐いと思っている。

 杏と俺は泣きながら怒る菫ちゃんに平謝りするしかないからだ。

「おはよう……花」

 待っている間、10分くらいが経ちフラフラしながら杏が出てくる。

 どうして双子なのに、ここまで性格が違うのか知りたい今日この頃。

 料理が壊滅的で朝が弱い杏と料理が得意で朝が強い菫。

 なぜ?

「……花、何を考えてるのよ?」

 どうやら心の内を見透かされてるんじゃないかと思うほど、当ててくる杏。

 なんか、恐い。

「ふん、まぁいいわ。それよりも今日のこと分かってるでしょうね?」

 はて、何のことだが記憶に御座いませんが。

 そうして思い出そうと出涸らしみたいな頭を無理矢理捻るものの、何も出てこないので首を振ると杏が仕方ないわねと言いたげな表情と身振り手振りをする。

 俺からはお手上げ状態なんですけどみたいに見えるが、そこまで困らせたつもりはないぞ。

「今日、私と菫の買い物に付き合うってこと。昨日決めたから」

「えぇえーと……?」

 聞いてないけど?どういうこと?

 自信満々、他には何もないでしょう、ドヤドヤ。

 そんな擬音とアイコンが出てきそうな元気溌剌な笑顔と自信のドヤり顔。

 って、やっぱり思い出しても聞いてないんですけど!?

 こんな風に押し切られると、あれ?そうだっけってなる。

 近い将来何かに詐欺られる候補な俺だが、事実を捻じ曲げて言う杏も、杏で横暴だろ。

「うーん……」

「お姉ちゃん、花くんに言ってなかったよ?」

「あれ?そうだった? ごめんね、花」

 どう言えば鉄拳制裁を受けずに済むのか考えていると、隣で聞いていた菫ちゃんが慌ててフォローしてくれたお陰で、どうにか事実を捻じ曲げることなく済んだ。

 が、杏はあっけらかんとした様子で納得していることが俺には納得出来ないのだが。

 考えが先行して言動が後回しになるってやつなのか。

 しかし、どうしたものか。今日は草壁と一緒にバッティングセンターに行くことになっていたんだが──。

「もしかして……予定とかあるの?」

 予定があるのでまた後日にしよかと言い掛けた時、杏は悲しそうな顔で俺を見てくる。

 何か、狡い。

 眉を下げ、上目遣いで伺うように、そして不安そうに瞳を揺らしながら目尻に涙。

 傍から見れば完璧な恋する乙女modeの杏に、本性を知っているものの内心では嘘だ、これは嘘だと自分に言い聞かせる。

 ふん、だが甘い。俺じゃなきゃ秒で堕ちてるかもな。

「うぅん……予定はあるにはあるが、そうだな。草壁と話してみるよ」

「……。ふーん、そう。幼馴染よりあのヤンキー女に尻尾をブンブンさせるのね。あの女に。付き合ってる訳でもないのに、へぇーそうなんだ。へぇー、ふーん」

 おいおい、歳頃の女の子が今舌打ちしただろ。

 恐いんだけど。女子、マジ恐い。

「もう、花くんは悪くないでしょ。花くんだって歳頃なんだし、そので、デートすることだってあるでしょ!?」

 杏を窘めているのは助かる。で、なんで今度は菫ちゃんが眼をウルウルさせてるんだよ。

 困った。本当に困った。

 結局、その場を何事もなく終えるのに俺が折れるしかなく、草壁には後で全力前進で謝る覚悟をしてから学校へ向かうのだった。






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