第14話 この世界だから紡がれた物語1 ファナ

 これは私のちょっとした昔話、そして私に舞い降りた奇跡の話よ。


「森の民村長の息子ミルダンですっ」

「わたしはファナっ ミルダンよろしくね」


 そう快活に挨拶し合った私たち、彼と初めて会ったのは10歳の時になるわ。当時謁見で森の民次期村長となる息子として紹介された少年はミルダンと名乗った。それは一目惚れと言うのかしらね、その時彼を一目見た私の心はトクンと跳ねて子ども心に興味を惹かれもっと知りたくなった、まぁそれが初恋だと認めたのはもう少しあとだけどね


 ——これが私、ファナ・クラリス フォン ヴァイスとミルダンの初めての出会い


 それからの彼はウルの村からの商いや使いなどで王都に訪れる時には、王城に寄ってくれるようになり、森での生活や村のこと私の知らない話とかを沢山話してくれた。そしてそんな彼の事がもっともっと気になり知りたくなっていった


 やがてそんな日々も3年ほど経ち、私たちは人目のないところではお互いファナとミルダンで呼び合うようになっていて、お互いがちょっと気になる相手からもっと異性として意識をするようになった。王城ではそんな私たち2人の仲を知ってか知らずかちょっとした話題に上がるようになっていたわね。


 そんな話題以外にも当時私たちはお互い英雄と戦姫の候補の1人としても名が上がっていた


 たぶん今は亡きお母様が先代戦姫だったというのもあったと思う、けど私は幼い頃から成長著しくて物覚えも良く、早くから興味を持った弓の腕は森の民でも唸るほどであり両親もその能力を披露するとよく驚かれたものであったわ。そんな諸々もあり選ばれるであろう歳に近づくにつれ、次第に私は今代の戦姫なのではと囁かれるようになっていたわ 


 ……もっとも、世襲制ではない戦姫は神より使命が降りなければ選ばれることはないのだけれどね 


 そして彼も私と同じ13歳ながら非凡な才を生かし身体強化と大鉈一本で森の魔獣を駆逐する実力が噂になっていて、王都では大鉈のミルダンなんて物騒な二つなで呼ばれ始めたりしていたわ。そんな彼のことは英雄の加護に近い者として、今度行われる神讃式典の注目人物と見られるようになっていたの


 そんな彼は式典までの1年間、修練や教養を身につけるために王都に滞在する事になった。お互いの背景が似ている私たちは選ばれることがあったら世界を守っていこうと誓いあい、来る日に備え2人で修練を重ねるたりするようになっていった。そんな日々を過ごしていくうちに私の心はより深く彼に惹かれて行ったわ


 結果的に1年後の神讃式典では彼に限らず誰も選ばれることはなかったわ。それは近いうちでの災禍の魔女の襲来はないという神の判断だと思うから仕方がないと思うけど、選ばれて英雄の加護を貰う彼の姿を見てみたかったのは本音ね。


 そしてどうやら私も神からお声が掛かることはなかった。当代の戦姫は式典の数日後に当時公爵家の1人娘であり、現在は王妃となった義姉のレム様に使命がおりたそうよ。残念というより変に期待される重圧とか肩の荷が降りた思いの方が強かったかしらね。


 その後は王女として平穏な暮らしを1年程過ごし私は15歳になり成人を迎えた。彼は式典を終えた後は村に戻ったけど今までと変わらずにその間も私に会いに来てくれていた。


 私のミルダンへの想いはその頃にはとても大きくなっていて、彼と一緒になりたいという気持ちを心に持っていたわ。もちろん彼も同じ気持ちだったようだけど王女と森の民の身分などから私に想いを直接打ち明けられずにいたみたいね。


 けど出自さえしっかりしていればヴァイス王国では王家でさえも、恋愛や婚姻はある程度自由なの、だから私は直接現国王になったイオン兄様に相談する事にしてみた。兄様にならきっと理解してもらえると私は思っていたから


「ならん‼︎」

「何故ですか? ヴァイス王国では出自さえしっかりしていれば許されるのではないですか? 彼は近いうちにウルの村を任されるそうです、降嫁に近いとはいえ森の民の長となれば格としては問題ないのでは?」


「確かにそうではある ……私もミルダンは見てきたが悪い男ではない それはわかっておる」

「では何故お許しいただけないのですか?」


「長だからこそだ、これを許したらお前は森で住むことになるだろう? 森での暮らしは私も聞いておる今まで王女としてあったものが住めるものなのか?」

「……それは」


 その時はちょっとした言い合いになり思いの通らない私は部屋を出てしまった。


 イオン兄様の言いたいことはよく分かるつもりよ。王女として多くの侍女に世話をされている私が、原始的な生活に近く危険の多い村での生活ができるものなのか心配であり、できるものなら降嫁でも良いから安穏と暮らせるような相手と、結婚してほしいと思っているそうだと当時お兄様と婚約したレム姉様から聞いたわ ……どうやらよっぽど可愛い妹が心配らしいわね


 そんなやりとりがあった事を彼に打ち明けた後も私たちは逢瀬を重ねて行った、彼も気持ちを定めたようで打ち明ける覚悟ができたら王に会ってくれると言ってくれたわ、確かに私の考えが甘いところはあったと思う、でも彼への気持ちは本物でありこの想いは変わらない、だから私も森の民として生きる覚悟を決めたわ


 そして草木の芽吹く中春になった頃に彼はイオン兄様と話し合うべく謁見を申し出た、その席にはもちろん私も同席して覚悟を伝えるつもりであったわ


 そうしていよいよ謁見もあと数日後に近づいた頃、降って沸いたように国を揺るがしかねない知らせが届いた、その内容とは"災禍の魔獣"がウルの森より現れたと——


 災禍の魔獣とは魔女エリスが現れる時に齎される黒い雨を浴びて変異した魔獣のことを言うの。恐らくは数十年前に襲来したエリスが齎した災禍の雨を浴びても変異せず、時を超えてから覚醒したはぐれ者が現れたみたい。


 この魔獣は禍々しい殺気を振り撒き、とても凶暴で巨大な体躯に見合った力と知能を持つことから並の人間では太刀打ちできない存在。こんな異形の生き物が時折現れるために英雄や戦姫の存在が必要なの。


 現在王都の方に向かうように魔獣はウルの森を真っ直ぐ進んでるそうで森の民がなんとか足止めをしてると報告があった。もしこの存在が穀倉地帯を抜けて王都に辿りついてしまうとたった一体でも甚大な被害が出てしまうのは想像に難なかった。


 知らせを受け王城にて急ぎ準備を始めたヴァイス王国の戦姫であるレム姉様に、今回は国難に値する有事のためイオン兄様も騎士団を引き連れ指揮をすることになった。そして私も弓の実力を生かし援護するためとミルダンの安否が心配なため同行することになったわ。


 その後は夜通しかけ馬を走らせてウルの森に到着したのは1日半後のことであった、本来2日かかることを考えれば大分早く到着できたとは思うけどすぐさま私達は森の民の案内で魔獣の元に向かった


『犠牲者は相当数おります、村長も村人を庇って傷を負い亡くなってしまいました ……現在はミルダンさんが指揮を取り凌いでおります』

(ミルダン無事でいて……)


 道すがら目的地まで案内をする者は惜しむよう俯き呟いた。近づくに連れ魔獣の通り道には命を落とした森の民の数が増えていき自然と緊張感は高まっていく、やがてあるところまで来ると空気はさらに張り詰め重い重圧が漂いはじめ魔獣の唸る声と戦いの音が聞こえてきた、急ぎそちらに向かうとようやく戦闘中の集団と合流する事ができた


 その場で長い間、魔獣は足止めされていたようでさんざん暴れたことにより木々は倒れ少し開けた広場のようになっていた、そこでミルダンはつかず離れずで距離を置きつつ森の民に指示を行い足止めをおこなっている最中だった。


 ——戦姫様と援軍が来てくれたぞー

「森の民よ、よく持たせてくれたっ‼︎」

「そのまま行くわよっ」

 

 民を労いつつも私達も着いた流れでそのまま戦いに加わったわ、まず先頭にいたレム姉様は1つ呟くとそのまま身体強化をしながら魔獣の懐に飛び込んでいき、その補佐と怪我人の救出をイオン兄様が即座に騎士団に指示を出す、私はミルダンと目を合わせ小さく頷いた後、森の民と協力し距離をおいて魔法や弓による援護に回ったわ


 どのような獣が魔獣になるかで危険度はかわるもの。今回は元々が熊であったろうものがまず魔獣になった、それだけでも並の人なら十分脅威だわ、それが今回は災禍の魔獣。

たった一体とはいえ相対するとそれは予想以上の脅威だったの


「……よくこれで1日半も森の民は耐えてくれたわね」


 その後戦姫を伴った私達が合流しても状況は拮抗、いや劣勢のまま時間だけが過ぎていく、その間にも疲弊した森の民、騎士団共に犠牲者は増える一方であり距離を置いた私達でさえ飛来する物で負傷や死亡する者がいる有様だったわ


 最前線で戦うレム姉様の疲弊は特に著しかった。そうこうするうちに不意に体勢を崩し膝をついた隙を見逃さず魔獣は一撃を振り抜き、レム姉様を弾き飛ばす


 不意にもたらされたその出来事にイオン兄様も私も対応する事ができなかった、魔獣は倒れ込んだレム姉様の元に行きトドメの一撃を振り上げる、まさに絶対絶命であったわ


 立ち上がり今まさに腕を振り下ろさんとする魔獣、しかしその体勢は絶対的な隙も生んでいてそれを冷静に見逃さなかったミルダンが直感的に空いた腹に目掛けて飛び込み大鉈での一撃を切り込んだ


 袈裟斬りに一刀両断の一撃、けどダメージを与えられてはいないようだった、しかし薄皮以上の傷を与えられた魔獣は事態を把握するまでに一瞬の硬直を起こす、体勢を立て直したレム姉様はその一瞬を見逃さずミルダンが作った傷跡をなぞるように戦姫の一撃を叩き込んだ


 それは致命傷となる一撃であり大きな血飛沫を上げた後、魔獣は蹲ったわ、それを見て誰もが打ち倒したと思った


 さらにトドメを刺すべくレム姉様が構えたその時、迸る殺気を感じた姉様は後ろに飛びのいた、その直後に魔獣は急に起き上がったかと思うとものすごい勢いで無軌道に暴れ出したわ、木々を薙ぎ倒し土を巻き上げまさに竜巻のようなそれを誰も止めることは出来ずに距離を取ることしかその時はできなかった


 みんな身動きも取れずに自分の身を守ることしかその時はできなくて距離を置き暫くは周囲を警戒しつつ轟音と土煙が落ち着き視界が戻るのを待ったの、その後ようやく嵐のような事態が収まった時には災禍の魔獣の姿は跡形もなく消えてしまいどこにもいなくなっていた。私達は追い討ちをかけるべく森の民とともに辺り一体を3日ほどかけ捜索したの、念のため結構森の奥深くまでね、しかしあの巨躯ならいれば見つかるはずなのになぜか一向に発見することはできなかった


 ——その後、暫くの間森の警戒にあたったけど再び現れるような兆候もないために結果的に打ち倒す事ができたのか憂いが残るもののさまざまな条件を加味しても大きな致命傷を受けた魔獣は森の最奥まで逃げて命が尽きたのではという結論になり収束という形になった、その後も森の民による警戒は続てもらったけど現れることもなかったわね


 ……それがまさか数十年の時を超えて再び現れるとはあの時は誰も想像はできなかったわ


 そして結果的にこの事態で活躍したことでミルダンはイオン兄様により認められることになった


 その後王都に戻り予定通り謁見を迎えた私達はイオン兄様と向かい合いイオン兄様に想いを打ち明けたわ


『ミルダン先日は大義であったの、さて大凡は理解しておるが早速だがお前達2人が揃ってわしと向かい合う事情を聞こうかの』


「ファナを愛しています、これからは2人で歩んで苦楽を共にして生きていきたいと覚悟を決めて参りました、ファナをずっと大切に守り抜きますのでどうか結婚をお許し頂きたい——」

「兄様が憂いた通り森の民の生活は厳しいものだと承知しております、私は愛するミルダンと共に生きる覚悟を決めました ……とはいえ王女であった自分の甘えを厳しく律するために私は森の民として誇れるまでは王家の繋がりも断つつもりです」


『ううむ、お前達がそこまで想い合っておるとは……』


 そうして謁見を終えた後にレム姉様などを含め周りの説得もあったと思うけど私達の結婚は認められる事になったのよ


 その数ヶ月後、私は森の民の儀礼に則り婚儀を行い正式にウルの村の村長を継いだミルダンの妻"ファナ"となり生きていくことになったの


 ——これが私のちょっとした昔話


 もっとも私が王家筋であることはあの子には余計な気を負ってほしくないから成人するまでは森の民として伸び伸び育ってもらってその時が来たら彼と2人で打ち明けるまで胸にしまっておくつもりよ

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