第13話 華麗なる独り相撲と神の奇跡

 ——朱鳥が死んでしまう


 朱鳥の目の前へと迫る豪腕に助けに行かなければと俺は動こうとした、回復魔法をかけてくれたとはいえダメージの抜けない身体は意思に反して動いてはくれずに今まさに立ち尽くし殴り殺されるであろう朱鳥を見てしまうことに俺は思わず目を背けた


 ——バシンッッ


 何かが弾けるような重い音が響いた、俺は朱鳥が一撃の下に直視できない状況になったと思った しかしそれは...... そんなことは杞憂だった


「……なにしてくれたの?」


(よかった無事だった ......えっ!?)


 思わず目を背けてしまったがその瞬間に朱鳥の声が聞こえ再び視線を戻すと奴の一撃を払い除けるように弾き飛ばしたであろう直後であり、そんな彼女の体には淡く輝く黄金のオーラが滲み出ていた


 その体格からはあり得ないあしらう様な対処をされ、理解できない魔獣は怯み恐れすら感じているようだ、そして朱鳥は続け様に問う様に魔獣に語りかける


「ねぇ? あなたはどうしてこんなことしてくれたのかな、玲くんは酷い怪我してるし村はめちゃめちゃで ……あなたがやったんだよね?」


 ただならぬ気配を纏い歩み寄る異質な存在に3mはある魔獣が思わず後退る、朱鳥はそれにゆっくり迫り、目の前でふっと消えたかと思うと奴の背後に現れてその背中を刀で斬りつけながら一方的な会話を続けていく


「2年もの間、会いたかったけども何とか我慢して、私が足を引っ張らない様にしなきゃってずっと修行してきて…… やっともうすぐ出会えると思った矢先にあなたは全てを台無しにしようとした」

(……ほんとは一度だけ会いにきたけど)


 消えては現れ切り刻む朱鳥のその姿を捉えられない魔獣は暴れる度に見当違いの方向に腕を叩きつけ翻弄されている


「"私の"玲くんをこんなに傷つけたことは万死に値するわ……」


 そう呟き、更に速度を上げた朱鳥の前ではもはや魔獣はどんなに暴れても抵抗する意味すらなくなっていて丸く蹲るような体勢をとっていた


 しかし魔獣もまだ諦めてはなかったようで黒い靄を全身から噴き出しながら勢いよく立ち上がったかと思うと唸りを上げるような雄叫びと共に俺とミルダンを一撃で沈めたあの無茶苦茶な攻撃を朱鳥に向けて繰り出し始める、いや、その威力や速さは俺たちが受けたものよりも明らかに数段上のものであった


「……無駄だから」


縦横無尽に迫り来る無軌道の攻撃を紙一重で全ていなしながら反撃を行う朱鳥とそれを受けつつ攻め続けるしかない魔獣、もはや実力差は明らかであり一方的であった、そして激しい攻防は魔獣の最後の抵抗であったようで意識が途切れ前のめりに倒れ込み力尽きるその時まで続けられた


「やった ……のか? 朱鳥?」


 しかし朱鳥は気が済まないのか顔色ひとつ変えることなく無表情でまだ切り刻んでいる


(すげえ...... これが戦姫か、あんなに皆んなで必死に戦っても及ばなかったのに呆気なく倒しやがった、しかも戦っている時に言ってることがちょっと怖かったぞ)


 一頻り嬲って満足したのか朱鳥は戦闘衣装であろうドレスアーマをひらりとさせながらこちらに向き直り俺の元に駆け寄ってきた


「玲くんっ怪我大丈夫?」

「あぁ、朱鳥のおかげでなんとかな…… 話は後にして父さん達が心配だからとにかく戻ろう」


 朱鳥に肩を借りてミルダン達の元に向かうとすでに何人かが避難所でもある俺の家から出てきて新たな怪我人の治療にあたっていた、俺はとにかく生存が心配なミルダンの元に向かい、ずっと治療を続けてくれていたクルルに容体を伺った


『ミレにー まだ息はあるけど怪我が酷くて、あたしの力じゃここまでしか......』


クルルは目に涙を溜めながら魔力切れになりかけながらも諦めずにずっと魔法を掛け続けてくれていた


「くそっ なんか手はないのかよ…… 朱鳥 さっきの回復魔法でどうだ?」

「これだけ状態が酷いと私でも延命くらいしかできない 役にたてなくてごめんなさい」


 朱鳥はミルダンの容体を見て首を横に振って申し訳なさそうに呟いた


「ここまでなんとか凌いだのに2人とも助けられないなんて」

「玲くん 2人って?」


『ファナさん ミレにーのお母さんも助からなそうなの』

「えっ‼︎」


 考えあぐねて言葉が出せない俺の代わりにクルルが答えを返してくれ、それを聞いて朱鳥は唖然とし押し黙ってしまった


 村内慌ただしく駆け回る人たちの中、ミルダンの横で俺たち3人は少しの間俯き無言になった、その中で何かを決断したように朱鳥が腰元のポーチから何やら取り出してこちらに差し出した、それは王家の紋章が描かれた小さな白磁の小瓶だった


「朱鳥、これは何?」

「私たちはこの小瓶を神の奇跡と名付けていてね、中身は神のかけらをほんの少しだけ削った物がはいっているのよ」


「神のかけら? そんなものを何故持っているんだ?」

「この小瓶は当代の戦姫に選ばれたものにひとつだけ与えられる門外不出のものなの、そしてその効能は超回復 ……どんな状態でも口に含むことで元に戻すらしいの」


「そんなものがあるなんて、じゃあそれを使えば——」

「そう "誰か1人だけは"どんな状態でも助けることができるわ」


『1人って…… この村には多くの犠牲者がいて皆んな家族を失っているんだよ? その中でたった1人を選ぶなんてあんまりだよぉ」

「たしかにそうよね ……軽率だったわ ごめんなさい」


 自分が考えて提案したものが残酷で軽率だったと素直に謝罪した朱鳥、1人でも多く助けたい気持ちであっただろうそれを俺は責めることはできなかった、——そんな時


——俺たちはいい だから村長たちを助けてくれないか?


 下を向いていたので声をかけられるその時まで気づかなかったが皆が手を止めてこちらを伺っていた


「……皆んな 聞いていたのか?」

——ああ、途中からだけどな聞かせてもらった、俺たちはたしかに家族や子供を失ったやつらも多いし悲しくて悔やんでもいる、けど俺たち全員が村長達やミレイも家族だと思っているしとても大切で必要な人達なんだ、だから出来るのなら何とかしてほしい


 一斉に頭を下げる森の民たち、皆の願いはひとつであった、クルルも朱鳥も俺を見つめている


 皆んながそこまで俺たちの事を考えてくれていて必要だと思ってくれている事に胸が熱くなる、けどしかし助けることができるのはたった1人だ


(この世界での両親である2人のどちらかを俺は選ぶことができないんだ)


 答えを出せずに逡巡する俺にやがて意外な人物が決断を促した


「——なら ファナを救ってくれ」

「父さん? 気づいたのですか?」


「ああ、結構前から聞こえてはいた、こんな決断を息子にさせるのはちと酷だからよ、それでできるならファナを生かしてほしいんだ」

「僕にはどちらとも言えないし、決められない」


「だーかーら俺が決めるんだ、ファナが死んだらあの方にも示しがつかねえし、なにより俺の心が持たないだろうからな ……アスカル殿下 森の民を代表する村長としてどうかお願いいたします」


——その言葉と同時に再び森の民達は頭を下げた、そして少しの間を置いて朱鳥も決断したのか小さく頷き分かりましたと答え、ファナの元へ向かって行った


 最後の遺言を言い切ったとばかりに言葉を残したミルダンの容体は次第に悪化してしていった、ファナのことは朱鳥にひとまず任せ俺はその命が消えるだろうその時までミルダンの側で看取るつもりであった、すでに目も見えていないのか真っ直ぐ見つめたままでミルダンは訥々と俺に話しかけてきた


「ミレイそこにいるのか?」

「ええ、……最後まで僕はいますよ」


「馬鹿だなあ、母さんのとこに行ってやればいいのに、……母さんからは聞いただろう?」

「ええ、"いろんな皆さん"に愛されて僕は果報者です」


「ははっ、いろんな皆さんか…… そうだな お前は今日の活躍で十分、一人前になった、これから活躍するであろうお前の話が聞けないのはちょっと残念だな」

「活躍してロキ様の元まで響かせて見せますよ」


「そりゃ楽しみだな ……そろそろ俺は行く

わ ミレイ、ファナのこと森の民のこと頼んだぞ、んでファナには先に行って待ってるぞと伝えといてくれや」

「……分か ……りました 父さんありがとうござい ……ました」


 そうしてミルダンは共に暮らして戦った仲間たちや俺とクルルに看取られて一足早く旅立っていった ——俺は親や親しい人を看取ることの辛さを切なさを覚悟したつもりだった、気持ちを切り替えなきゃと考えるのだが溢れ出す涙はしばらくの間は止まることはなかった


 やがて少し落ち着ちつきを取り戻せたところでクルルと共にファナのところへ向かった


 ノックをし部屋を覗くと処置を終えて様子を見ていた朱鳥が振り向き小さく頷き微笑んだ、ファナの容体を見てみるとうっすらと金色の膜に包まれている、クルルはそれを壁に寄り掛かりながら眺め、俺は朱鳥と向かいあって椅子に座り朱鳥に様子を伺った


「できることはしたからもう大丈夫だと思う、しばらくしたら目覚めると思うわ」

「朱鳥、本当にありがとうな…… 今更だけど本当に使ってよかったのか? 門外不出でしかもひとつだけだったんだろう?」


「うん ひとつしかないから迷いがなかったかと言われるとあったと思う、本来は生死を分つような時に自身で使うものらしいからね」

「そうか…… そんな貴重なものをか」


「けど、あの場では玲くん達に使ってもらうべきだと考えたから伝えたわ、例えそれが私のエゴで玲くんに命の選択をさせようとしてもね」

「……朱鳥」


「……でも正直なところ軽薄で残酷だったかなと少し後悔してるところもあるかな」

「朱鳥が悩むことはないよ、結果的に母さんを助けることができたのは感謝しかないから、本当にありがとう」


「玲くん…… ミルダンさんは ……その」

「ああ、皆んなに見送られて安らかな顔だったな、逝く前にさ、母さんに先に行って待ってるから伝えといてくれとか気軽に言ってたしな」


[そう…… あの人は私を生かしてくれたのね……]


 不意に小さな声が聞こえた、俺たちがそちらを見るといつのまにか意識を取り戻したファナが話を聞いていたらしい、すかさず朱鳥が異常がないか確認してなにも問題がない事がわかると安心した顔で俺に頷いた


「母さん、気づいたのですね、具合どうですか?」

[ええ 今は大丈夫よ、アスカルちゃんのおかげね ミレイ、私の意識が途絶えた後の事を教えてもらえるかしら?]


——そうゆっくりと話すファナに意識が途絶えた後の経緯を俺もゆっくりと伝えた、この場でいちばん辛いのはもちろんファナであろうにミルダンの最後を聞いても彼女は涙を見せる事はなく気丈に話を最後まで聞いてくれていた


 こうして、俺が全く予想すらできなかった狩の儀の日の魔獣の惨劇は40名もの森の民と村長ミルダンの犠牲のうえで収束する事になった


 後にこの話は"ウルの惨劇"として世界に知れ渡る事になり王国に災禍の魔獣が及ぶのを身を挺して防いだミルダンと犠牲者たちには勇敢なるものとして名を残すこととなった

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