第12話 災禍の魔獣 届いた光
——その存在に誰もが息を呑んだ
黒い靄を纏い殺気を溢れさせるその姿は本能的な危険さえひしひしと感じさせた、元は熊であったろう異様で異質な3メートル近い巨躯には首元から腹にかけて袈裟斬りされたような大きな傷跡がいやに目立っていた、そしてそいつはこちらにゆっくりと歩いてくるだけなのに俺たちの体を身震いさせた
『……あれが災禍の 魔獣 ミレにぃ ……息が苦しいっ⁉︎』
「クルル ダメだ、強気でいろっ‼︎」
「——そうだ 雰囲気に呑まれるな! 身動きできなくなるぞっ」
目を見開き栗色の瞳を揺らし途切れ途切れに呟くクルルに俺は自分にも叱咤するように檄を飛ばした、それに賛同するようミルダンも答える
「その傷を見るにあの時の奴か ——まさかまた相対すると思わなかったぞ」
「父さん心当たりが?」
「あぁ こいつは20年程前にウルの森に突然現れたんだ、当時の戦姫だったレム王妃は別の場所にいて間に合わず、イオン王が討伐隊を率いて討ち取ろうとしたんだ、その時俺も同行していてな——」
どうやらその時、致命傷を与えたはいいがトドメを刺す前に"凄まじく暴れだし"多くの仲間を失ったらしい、そして追い討ちも叶わずに取り逃したそうだ、その後は足取りが全く掴めずに何年も現れなかった事から死んだのではとなったらしい
「一度、死にかけたわけだからその憎悪で殺気を纏ってもおかしくはねぇがこれはキツいな」
相対するだけで纏わりつく殺気に嫌な汗がじわりと流れる
ミルダンに今の俺とクルルは森の民の中では上位の実力がある、太刀打ちできるかは分からないが隙ができ次第一撃を喰らわそうと近い距離で身構え魔獣と相対する、クルルは少し後方でサポート役にまわっている
他の仲間も実力ある者が残っているが俺達には及ばないためまともに相手をすると犠牲者が増えるだけなので少し離れた後方で弓や魔法での援護に徹してもらう
——今のところ魔獣は何をする事なく辺りを見回している しばし向かい合う中、恐れと緊張で1人の仲間が弓を放った事により戦いの火蓋は切られた
恐れを抱いた矢は当然ブレて目標の芯をとらえず、魔獣の横をすり抜ける、当たることはないと捉えたのか避ける必要はないと判断したのか奴はピクリともしない、しかし次の瞬間その巨躯からは想像できない速度で一足飛びに弓を撃った仲間に襲い掛かった
【ひぃっ】
まさに一瞬の事になんら反応出来なかった、俺たちが小さな呻きを聞き次に見たものは首下まで魔獣に丸呑みにされだらりとぶら下がる仲間の姿だった
「な、なんだ今のは……」
『……いやぁぁ』
あまりのことに俺は愕然と声を漏らし、クルルは怯えを止められず呻き目を逸らした
「お前らしっかりしろっ!!」
怒号とも言えるミルダンの声と共に背中を叩かれ正気に戻された、そしてミルダンは単身魔獣の懐に飛び込んで行く
それを見やった魔獣は喰った仲間を首を振って吐き出して迎え撃とうとした、しかしひと息早く懐に飛び込んだミルダンが大鉈で素早く斬りつけたが分厚い皮膚に覆われる魔獣に傷をつけることはできなかった
怯まず繰り返し斬りつけていると魔獣は丸太のような腕を振りかざし叩きつけてきた、その一撃を脇に飛び込んで避け体勢を立て直すため俺たちのところまで戻ってきた
「やはり硬いな…… まともに打ち込むと武器がもたんな、それに立ち上がって攻撃されると厄介だ」
「薄い部分…… 関節辺りを狙って動きを鈍らせますか? けど素直に狙えるか?」
『ミレにぃ あたしがなんとか引きつけてみる‼︎ あのやばい打撃には気をつけてっ』
しばしやり取りを交わし連携を挟み再び挑みかかろうとするが ——この瞬間にも また1人振り払う豪腕に首を吹き飛ばされている
『てやぁ』
振り切る腕に合わせて隙を突いたクルルが脇腹に弓を打ち込んだ、深くは刺さらないが怯んだ一瞬の隙にミルダンと共に両側から飛び込み両足の膝裏を切り込む、しかし奴の反応が速く踏み込みが浅くなり攻めきれなかったがダメージがあるのかその後は立ち上がることはせず、四つん這いの四足歩行で応戦してきた
恐らく足のダメージを嫌って立ち上がらなくなった事を機転とし俺たちは弓や魔法の援護からの連携でさらに足を狙い動きを鈍らせるために飛び込む事をしばらく繰り返した、その間も魔獣は力の劣るものを見定め飛び掛かっていき1人また1人と命を奪っていく
「動きを見ても馬鹿な獣とはちがうな、こりゃ救援まで凌ぐのも容易じゃないぞ」
「ですね父さん…… 立ち上がらないだけマシですが奴は相手を選んで削ってきてるから少し厄介です」
「もう少し動きを封じられれば…… クルル奴の目を狙えるか?」
『一瞬でも止められれば—— 狙えます!』
「分かった ミレイ行くぞっ!」
ミルダンからの問いに小さく頷いたクルルに合わせ更に動きを封じようと俺たちは一瞬の足止めをするべく再び飛び込んだ、その時はこのままの状態であれば挟撃で怯ませ動きを止めるだろうと俺は思った
しかし奴は俺の思い込みの埒外で行動を起こしてきた
二手に別れ左右から挟撃を行うべく俺達はタイミングを合わせ走る、同時にクルルは弓を引き絞った、奴は少なくないダメージを足に受け動き回る事を嫌うだろうと考えてた俺は今まさに飛び込む見切りをつけた時、あろうことか奴は腕を振り上げ俺に突進してきた
「嘘だろ?」
「ミレイっ‼︎」
予想の範疇を読めなかった俺は一瞬惚けて避けるという判断が出来なかった、やばいと思いつつも振り下ろされる風を伴った豪腕がゆっくりと迫ってくるのを見つめてしまった、その刹那に魔獣と俺の間をミルダンが割って入り真正面から受け止めていた
「ぐぅぅっ」
「父さんっ‼︎」
——重く鈍い何かが折れる音がした
ミルダンは俺を庇い正面から大鉈で受け止める形になっていた、しかし車がぶつかるような衝撃に大鉈は枝を折るように砕け、立ち位置が後ろに大きくずれるほどの威力の一撃をその身でまともに受けてしまった、その一撃でもはや意識が飛びかけているミルダンに奴は無常にも空いている腕をハンマーの如く何度も振り下ろしていく
「あぁ、あ、あぅ……」
「ミレにぃ!! 早くっ村長を——」
その無慈悲な行為を繰り返す悪魔の目を矢が貫いた、突然の事態に奴は顔を覆いその場で転がり唸っている、目の前の惨劇に意識が遠くなりそうな俺をクルルが必死の形相で呼び戻した
我に帰った俺は襤褸雑巾のようになったミルダンを抱き起こし奴から必死に距離をとって寄り合い所に巡らされた結界内へと運び込んだ、その間クルル達は魔獣の意識を俺達から離そうと仲間と共に陽動を繰り返してくれた
「クルルっ 僕が押さえ込むから父さんの手当てを——」
俺はクルルと入れ替わり、片目を失った魔獣を仲間と共に囲い込んだ
(父さんの安否が気になるが、今は手負のコイツを抑え込まないと ……クルル頼んだぞ)
——クルル視点——
「父さんの手当てを——」
そう言って彼は仲間と共に魔獣に向かって行った、彼と皆んなが心配だけど、今のあたしの役目は村長の手当てをすること、でも村長が襲われているのを遠目に見た時はもう無理だと思った
結界内に横たわる村長の元に辿り着くと思わず目を逸らす程の酷い有様だった、でも奇跡的にまだ息はあったから急いで回復魔法をかけたけど、今のあたしの魔法では結果は思わしくなく気休めにしかならないことに悔しさを感じた
(あの力さえ目覚めてくれていれば......)
あたしは内に宿る"あのお方"が目覚めるのを願ったがその兆候は依然ないため、歯痒さを押さえ込み気持ちを切り替え治療に専念した
手当てをしつつ彼らが気になってそちらを見た、矢を射られ視界を半分奪われ大分動きも鈍ったようにみえるが相手との膂力の差で防戦一方なのは見て取れたが何とか彼らは付かず離れずに戦ってくれていた
あちらに向いていた意識を村長の治療に戻そうとしたその直後、あたしは身震いするほどの殺気を感じ再びそちらを見た、そこでは凄まじい速度で暴れまわる魔獣が次々と仲間達を吹き飛ばしていく姿がみえた、あたしは唖然とし声も出せずに宙を舞う彼を彼らを見つめることしかできなかった
——ミレイ視点——
——この戦いが始まる前、ミルダンから死にかけて凄まじく暴れ出した奴の話を聞いたのを吹き飛ばされながら思い出していた
ミルダンの手当てはクルルに任せた、容体は当然心配だが今の俺達は残った者たちで救援まで凌がなければならない、ひとまず奴のことを取り囲み付かず離れずで深追いしないよう一定の距離を保ちつつ攻防を繰り返し、時にはその豪腕を鉈で受け流した、じわじわと手傷を負わせているが所詮手傷は手傷で大したダメージは与えられず状態は膠着していく
(剣術を活かそうにもこの鉈では限度がある、もし一撃でも受け止めたり喰らったらミルダンと同じ事になるから油断はできない ——とにかく受け流してやり過ごすしかない)
目を離さずにそんな事を考えていると、ピタリと動きを止めた奴は大きく息を吐き出した
それを見て背中を悪寒が走り抜ける、ただならぬ予感を感じたその瞬間、無軌道に狂ったように奴は暴れ出した、そのめちゃくちゃで素早く読めない動きはミルダンが受けたものよりも一段上の威力があり仲間達は次々と弾き飛ばされていく、俺も避けることができず迫った豪腕を太刀で受け止めるしかできなかった、当然太刀は弾き飛ばされてそのままその身で奴の豪腕を俺は喰らってしまったがその瞬間なぜか一瞬俺の体が輝いた
奴の巨躯から繰り出された遠慮の無い一撃はそれだけで俺の命を刈り取るつもりで振り抜かれ、殴り飛ばされ弧を描いた体はその先の家を突き抜けるほどの威力があった、朦朧として受け身すらできず叩きつけられ、その衝撃で視界は明滅し遅れてやってきた激しい痛みと肺の空気が全て抜けるような苦しさで起き上がることもできず瓦礫の中で俺は横たわってしまった
(たった一撃で、これかよ…… キリカ王女に貰ったメダルに助けられなかったら即死だったがピンチには変わらないぞ)
キリカ王女に貰った王家のメダルに助けられ即死は免れたが明らかに瀕死ではあった、瓦礫に埋もれ身動きの取れない俺の元にゆっくりと歩いてくる奴は、やがて俺の元に辿り着くとトドメと言わんばかりに雄叫びを上げながら叩き殺すためのその一撃を振り下ろす、その豪腕はやけにゆっくりと見えて半目でそれを見つめ"ここまでか……"と内心で諦め目を閉じようとした
【クルックー】【ピィーィ】
——ドガッッ——
迫り来る死への刹那の時間、しかし待てども俺への一撃が降りることはなかった、代わりに聞き慣れない鳴き声に合わせて重く鈍い音がしたかと思うと辺りは静まり返った、再び半目を開き見やるとそこには奴を弾き飛ばしたであろう白い生き物が大きな翼を広げ今まさに降り立とうとしていた
「白い、ワイ、バーン?」
「——よかった 間に合って」
そして横になっている俺を起こし不意に誰かが抱きしめてきた、胸元に包まれているため顔がみえないが聞き覚えのある声に懐かしさを感じた
「いててっ 朱鳥…… か?」
「うんっ、遅れてごめんなさい ちょっ玲くん怪我っ⁉︎」
朱鳥は青い瞳を揺らし怪我の酷さに動揺し慌てながらも回復魔法であろう淡い金色の光を俺に放ち纏わせた
そのおかげか酷い傷はとりあえず塞がり、少し落ち着いたところでなんとか心配ない事を伝えつつ相対している奴はとても危険である事を伝えようとした
「俺なら、何とか大丈夫だから それより皆んなを…… それにあいつはやばい いくらなんでも ……1人じゃ無理だ」
「大丈夫だよっ! ——後は私に任せて」
朱鳥は俺を優しく横に戻すとこの場に相応しくない笑顔で答えつつ立ち上がり、振り返ってゆっくりと歩きながら2匹のワイバーンに指示を送り魔獣の元に向かっていく
「ピピルカは彼を守っていて、ピピルクはあっちを——」
「ピィー」
『クルックー』
見た目に反して可愛い声で答える白いワイバーン"ピピルカ"は俺を囲むように大きな翼を広げる、あちらではもう一匹のワイバーン"ピピルク"が同じようクルルとミルダンの周りにまだ息のある仲間たちを咥えて集め守ろうとしていた
(いくらなんでも戦姫とはいえ、あいつに1人はやばい何か考えないと——)
そんな事を考えていると、弾き飛ばされ瓦礫に埋もれていた魔獣が起き上がり朱鳥に向けて突進してきた、そして朱鳥も変わらず奴に向かってゆっくり歩いていく
「だ、だめだ朱鳥 逃げろぉ」
俺は気力を振り絞り声を上げた、奴の豪腕はすでに朱鳥の目の前まで迫っていて、それについていけないのか朱鳥は迫る拳を見つめながら棒立ちのままで立ちつくしていた
——回復しきれずにまだ身じろぎもできない俺はその光景をただ見つめるしかできなかった
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