第11話 向き合う覚悟

「……ミレイ ……無事だったのね よかった」


 クルルに連れられ奥の部屋の扉を開くと、その音に気づいたファナがこちらに少し顔を向けてそう呟いた


その様子を見たクルルが『ファナ様⁉︎』と何故だか少し驚いている


「母さん怪我したの⁉︎ 大丈夫ですかっ?」


 そう声を掛けた俺に「大丈夫」と小さな声で言ったファナは俺を心配させないようにだろう、柔らかな笑顔を見せた


 ……実際大丈夫そうには見えなかった ところどころを包帯で覆われて血が滲んでいるし、ファナの顔は少しやつれていてとても青白く、目の下にうっすらと隈のようなものまで浮かんでいる、そんな状態なのに笑顔を向けるファナに胸が締め付けられた


 この世界の中で暮らし始めてから日々過ぎ去る時間の中で俺はふと元の世界の両親との日々を思い出すことがあって寂しく辛くなり上手く感情のコントロールができないことが度々あった、そんな時は狩などで心を鎮めたりしたものだがそれを知ってか知らずか優しく受け止めてくれたのがミルダンとファナだ


 2人のミレイに対する愛情はとても大きく温かく時には厳しくもあったがそれは正しく愛する息子としてのそれであり、5年程ではあるが俺もそれを受けとり感じとってきた、そしてそれは地球の両親から受けたものと同じ想いであり、今では俺の第2の両親と思えるほどに素直に"母さん"と呼べるほどになった


 だからこそそんな容体のファナを見て俺は辛く苦しくなって少し取り乱してしまった


「クルルっ 母さんの怪我大丈夫なんだよな⁉︎ 軽いんだよな?」

『……』


「どうしたの? 治療できたんだよね?」

『……ミレにー あのねっ」

「……ミレイ 側にきなさい」


 容体が知りたくて魔法で手当てをしたクルルに聞くと何故か押し黙っていて俺は少し不安になり再び聞いてみるとクルルが何かを言おうとした時、重なるように不意にファナに声を掛けられた


 俺はファナに言われるまま横たわっているベッドの側に座るとファナは寝たまま少し寄り添い頭と頭をくっつけてきて髪を撫でながらゆっくりと諭すように話しかけてきた


「……いい? ミレイこれから話すことを良く聞いてね」

「母さん? 話なら落ち着いてからも……」


「あなたは私たちの大切な愛しい子で村の皆んなからも愛しい子」

「……うん」


「でも、私たちと同じかそれ以上に彼らからも愛されてるのよ」

「彼らに?」


「あなたは愛されしものであり、この世界を巡り力をつけ災厄から世界を守る定め」

「愛されし者……」


「とても大きくて ……とても重い責任だけど私の愛しいミレイにはそれが出来ると ……皆んなを守れると信じてる」

「母さん?」


「できれば…… もう少しだけミレイを側で見ていたかったけど」

「……母さん?」


「……これからお母さんはちょっとだけ早く ロキ様のところに向かうから、また会えるのは少し先になっちゃうかな」

「えっ……」


「——この世界を ——皆んなを頼んだわ 愛しいミレイ」


 俺の髪をゆっくりと撫でていた手が糸が切れたようにゆっくりと離れていく、頭を離し顔を見ると目を閉じて笑顔のまま安らかに、穏やかに寝ているようなファナの顔があった


「母さん? 嘘だろ? えっ? 大丈夫って……」


 理解出来ず俺はファナを抱きしめた、優しくて落ち着く花の香りがして温もりもあるがあるべき鼓動がとても小さくなっていた


「ミレにぃ あっ あのっ あたしがきた時にはもう意識がなかったのよ」


 クルルは目にいっぱい涙を溜めて続けざまに俺に告げた


「クルル? どういうこと? 意識がなかった⁉︎」

「あたしがきた時にはもう意識が虚ろだったの ……でも、それでも出来る限りはやったよ ……それでもあたしの回復魔法じゃもう届かなくって」


「でも、……今笑顔で話してたよね? 大丈夫って」

「分からないよぉ…… あたしもあの怪我で意識が戻るなんて思わなかったからぁ」


 クルルはしゃがみ込んで泣いてしまった


「ミレイ クルルを責めないでくれ、意識がなかったのは本当だ……」

「父さん…… 外は大丈夫なんですか?」


「あぁ 奴のこともあるから予断は許さぬが魔獣はほぼ逃げ出したから、少しばかり時間を貰った」


 ふいに扉が開き、そちらに意識を向けると外がひとまず落ち着いたようでミルダンが部屋に入ってきて俺を諭すようにそう話かけてきた


「お前が無事戻ってきたらファナと2人で大事な事を伝えるつもりだったんだよ、それが叶わなくなりそうなのをファナは感じて最後に力を振り絞ったんだろう」


 ファナを見つめ悔しそうに辛そうにそう話しかけたミルダンは俺の方に向き直り頭を下げてきた


「ミレイ ……すまない 母さんを守れなくて」


 下を向いているミルダンからは小さな嗚咽と共に涙が溢れていた


 

 ——俺たちが森に向かって少しした頃にその異変は起きたそうだ

 

 始めは"魔獣が迷い込んできた"と物見から報告があった、獣ではなく魔獣が? とも思ったそうだがそういうことも稀にあるだろうと皆はいつも通り対処した、しかし魔獣は続けざまには一匹、また一匹とぽつぽつと森から出てきたらしい


 村には俺とクルル以外は残っていたので戦力としては万全だったためその時点でまだ問題とはならなかった、だがさすがにおかしいと皆で対応を話し合おうとした時、四方から堰を切ったようにすごい勢いで100を超えるだろう魔獣たちが突っ込んできたそうだ


 それは今まで破られたことがなかった村自体を守る結界すら数の暴力で容易く破り村を襲い始めた、当然今までこんな状況は起きたことがなく、迎え撃つ対応が後手に周ってしまい防戦一方となった


 皆を守るためミルダンは要撃と指示 ファナは女性陣と数少ない子供を守るために寄り合い所でもある自分の家へ皆を避難させる事に奔走した


 辺りはすでに建物が壊わされ始め犠牲者も出始めている中、入り込んできた魔獣に次々と襲われていく皆を助けるためファナも立ち向かったそうだ


 森の民として彼女の実力は弓も魔法もとても秀でていて昔は狩で活躍してたそうだ、それは母親になった今でも変わりはなくて小型の魔獣であれば1体1であれば負けることは考えられなかった程だ


 しかし怪我人を守りながらの防戦一方で数の暴力と戦うことには無理があった


 ファナは四方から同時に襲われ、左腕を食われたことをきっかけに押し倒され魔獣に群がられてしまったそうだ


 程なくして、要撃していたミルダン達が襲われたファナを見つけた時には酷い有様だった、もう命はないだろうとさえ思ったがなんとか奴らを蹴散らして駆け寄ったところ奇跡的に息はあった


 すぐさま避難所としている我が家に運び込みつつその流れで、戦える者たちを集め少ない人数で広範囲よりも避難所を起点として戦い救援まで凌ごうという形になったらしい


 ——その後は俺が村に舞い戻り今に至るそうだ


(なんだよこれ…… この世界を物語をこんなに過酷にした覚えはない、よりによってファナが ……母さんが襲われくてもいいじゃないか)


 この世界の有り様に内心で呟き、何処か現実を受け止めきれずに俺はファナの寝顔を茫然と眺めていた


 クルルも、そしてミルダンでさえも涙を止められず、静かに横たわるファナを見つめ皆が心で何かを語りかけるように黙祷のような時間が少しばかり過ぎた


 やがて外が俄に慌ただしくなり、事態を知らせるように慌てて扉が開かれた


 ——異様な魔獣がこちらに向かってきてます


 俺たちは窓からこちらにゆっくりと向かってくる魔獣を見て息を呑んだ、それは森を抜けたばかりでまだ距離があるのに纏う靄から漂う殺気がこちらに届いてきたからだ


「ミレイ 俺は率いる者としてここを守らなければならない」

「——はい」


「きっと救助は来てくれるはず ……だがそれまでは今動けるもので凌がなければならない」

「はい 分かっています」


 ミルダンは魔獣を見ながらそうおれに語りかける


「俺もお前も、皆が無事でいることはできないかもしれないが ——いくぞ」


 ミルダンのその固い決意を聞いて俺は気を引き締めた


 ——正直、俺の描いた世界は俺には優しいだろうと都合の良い考えを何処かで思っていたのかもしれない、エリスを倒して元の世界に戻ると言う目的こそあれ主人公である俺は流れに任せていればいいと…… 


 そもそも俺はエリスの生き様を除いては物語の世界に無残な生死を描くことはしなかった、そんなストーリーではなかったしな、しかしそんな都合のいい世界はやはり妄想の中の絵空事でしかなかったようだ


 この5年この世界で生きてきた時間は紛れもなく現実であった、楽しいこと悲しいこと辛いこともあり1人1人の生き様があった、地球上であれば紛争地帯で生きているなら生死に敏感で守るために生きるために日々戦っただろう、だが平和な日本で暮らしてた俺には5年暮らしても日和見でその生死を伴う覚悟のようなものはどうやら皆無だったらしい


 だが今、目の前には逃げられない生死を分かつ脅威が迫っていて、俺は傍観者でなく生き延びるために覚悟をもって立ち向かわなければならない事を改めてミルダンの言葉から感じた


「母さん見守っててくださいね」


 そう横たわるファナに声をかけ、俺たちは奴を迎え撃つため外に出た


 いつのまにか空はどんよりと薄暗くなっていた、あれほどいた魔獣たちは散り散りに何処かへと逃げ、普段であれば誰かしらは見かける村内も当たり前だが今は閑散とし曇天もあって不気味さが増している


 その場には今戦えるものが20人程と俺とミルダンそしてクルルが集まっている


「ミレにぃ この人数ならあたしたちであいつに勝てる?」

「いや 俺らでは無理だ…… 攻撃が通るかもどうか」


「——そんなっ」

「なんとか救援が来てくれるまで凌げればいいんだ」


 不安げな瞳でクルルが問いかけてきたので素直な気持ちを答えた、やがてあちらで連携の打ち合わせを終えたミルダンがこちらに歩いてきた


「向かい合えば分かる とにかく勝とうとするなよ」

「父さんっあれを見てくださいっ」


 その時空をぐるりと一周し白い鷹がミルダンに舞い降りた、その足には文がついていてそれを読み込むとミルダンはひとつため息を吐き皆んなに檄を飛ばした


「——数刻前に即座に騎士団は出てくれたらしい いいか皆んな、絶対に凌ぐぞっ‼︎」


 救援の知らせが現実になったことで指揮を上げるためにミルダンが声を上げたとき、いよいよ奴は俺たちの視界に現れた

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