第9話 柊木朱鳥の憂鬱

 私は柊木朱鳥ひいらぎあすか16歳

どこにでもいるごく普通の女子高生ね


 周りからはお嬢様とか御令嬢とか言われているけどなんのことはない、そこら辺にいる女子高生と変わりはないと私自身は思っているわ、結局の所、偉いのは凄いのは親であって私ではないけどやっぱり周りはそう思わないらしい


 確かに私は柊木財閥として一般的な教養以外に社交界などで恥ずかしくないよう教育は受けている、けど両親は私に対して御令嬢かくあれ云々は押し付けてこないわ 


 ......いや 一時期まではそうだったわね、そんな価値観を飛ばしてくれたのが隣に居を構える 嘉納家のご主人様である通称"カノケン"さん


 カノケンさん一家は私が幼少の頃に隣に家を建て引越しをしてきた、ライトノベルなどの若者向けの作家さんをしているらしくお隣挨拶に来た時に"気分転換に読んでください"と一冊のラノベを贈られたそうよ


 その贈り物を一瞥し最初はこんなのくだらないと当時の厳しい両親は目もくれなかったそうだけど、何の心変わりか一休みで座ったソファで目に入ったそれをふと開きあらましだけでも読んだそうよ、その時にその世界観や展開の読めない斜め上の感性にどこかの琴線がふれたらしく衝撃を受けて以後は愛読者の1人になったそうよ


 後にその贈り物であったラノベは大人気になったシリーズの初版本だったらしく、しかも最後のページにはカノケンさんのサインまであったそうで手に入れようとも入らないプレミア本だったと分かるや歓喜した両親は湿度管理された書庫で我が家の家宝のひとつとして保存しているそうだわ


 そして物事の視点が変わった影響は両親だけでなく財閥の経営も安定させ、より充実した生活を送れるそうになったそうで以降はそのきっかけを与えてくれたカノケンさんに仕事や生活のことを相談する仲になり現在に至るそうよ


 そのカノケンさんの息子さんが私の想い人の玲くん


 カノケンさんと一緒で私に対して一切特別扱いをせずに遊んでくれたり、泊まりっこもしたわね、とにかく幼少の頃から彼とずっと何をやるにも一緒にいて特別な想いを寄せているのよ


 そんな彼もやがて彷徨えるお年頃を迎える時期はやってきた、その頃はカノケンさんに憧れて目指して考えすぎて塞ぎ込んでいる彼を見ていてつらかったなぁ


 そんな彼に私は少し前に始めた嘉納流剣術を勧めたわ、その剣術は玲くんのお母さん"祥子さん"が師範を務める道場であり、もちろん玲くんも前からやってはいたけど嗜み程度だったみたい、祥子さんも無理強いはしなかったみたいだしね、......だからこの機会に一緒にやりたいと思ったの


 その後の玲くんは2年程剣術に向き合ってみた、祥子さんの血を継いでいるだけあり嗜み程度であっても才覚が現れているのに程々のやる気は相変わらずであった、なんて言うか自分の殻から抜け出せないそんな風にも捉えられたわね


 そんな玲くんに私は改めて物語を描き切って殻を破るきっかけを与えることにした


 もちろん秘密のポエムとか隠してある"いろいろ"とか全てを知っている私は玲くんの可能性を知っていたからね、意外に単純な玲くんは褒める事でやる気を出した見たい


 それでかどうかは分からないけど玲くんは一念発起して昼夜を通して描き切り1年後に1冊のラノベを創り上げた、そしてそれは以外な層の人たちに人気を得て受賞の道を辿ったの、玲くん以上に私は喜んだと思うわ、だって好きな人が日の目をみるのだから


 その日彼が受賞される所を間近で見たくて私は会場について行ったわ


 ——けどまさかあんな事になってしまうなんて


 時の止まった日暮れを背にし、髪も服も目も血で染め上げたような血の匂いを漂わせる女性、人でいて人でないような異質であり触れてはいけない存在"エリス"によって齎された事態に私は玲くんを庇って一緒に巻き込まれた


 悪夢だったら覚めるけど ......起こった事態は夢より酷かった


 目覚めた時、私は知らない広い部屋で天蓋のあるベッドで目覚めた


 事態がわからず部屋を彷徨った時、私の姿が鏡に映り込んだ、その時初めて私が私ではなくなっている事に気づいたの


「いやぁ なにこれっ!! 玲くん、玲くんっ!」

「アスカルお嬢様如何いたしましたっ!!」


「あなたは誰? ここは? 玲くんは? なんなのよぉ!」

「アスカルお嬢様っ! お気を確かに 誰かぁレム様をっ」


 私は全く知らない物語の1ページを他の物語に張り付けたような"さっきまでそこにあった世界とチグハグなこの世界"にパニックを起こし取り乱したわ


 その後は全てが怖くなって部屋からも出られなかった、事態も事情もわからずに知らない人に囲まれ一緒にいたはずの彼の行方もわからずに不安と恐怖に苛まれた


 突然の事態に慌てたのは私だけではなく、この子の母親であるレム様にキリカ姉様もずいぶん心労を重ねたらしいわ、お父様のイオンも王国お抱えの医者や魔導士を呼びあらゆる文献を探したらしいわ


 けどお互いが何も解決策を見出す事ができず私は数ヶ月部屋に閉じこもった、私は日に日に不安と恐れで虚ろで痩せ細りながらもなんでこうなったと深く深く考え続けた


 そしてある日、考えが地の底まで辿りついたような堂々巡りを感じた時それがきっかけになったのか、ふと考えの方向を変えて現状と向き合ってみようと思ったの


 地球上では起こらない事態、知らない世界、知らない人達、玲くんが恐れ慄いたエリスによる会話


 ——もしかしたら私は玲くんの描いた世界に来てしまったのかも


 そして恐らく玲くんとはこの世界で離れ離れになりお互い別々の場所で成り代わった


 改めて順序立てて考えを起こし始めたら、少し冷静になれて落ち込む気持ちが少し浮き上がるような気がしたわ、そして私を宿すこの子"アスカル"の以前の記憶も辿って思い出し見る事もできたわ


 記憶によるとアスカル・クラリス フォン ヴァイスはヴァイス王国の第2王女である、年齢は私が成り代わったのが10歳頃みたいだから今は11歳あたりかな? さすが王家だけあり誰からも大切に育ててもらってきたようね


(私がこの世界で誰でもなくこの子になれたのは僥倖かも知れない、それは成り代わった人によっては私は既に死んでしまったかもしれないから)


 しかしそもそも何故アスカルとして私はいるのか? きっと玲くんの描いた世界なら意味があると思いたい ......いや もしかしたら玲くんも自分にまつわる由来の人に成り代わっているかもしれない


 玲くんに会いたいし探しに行きたい...... けど11歳足らずの今の私では探すにもどうにもならない、一頻り考えた後に私は機会がくるその時までこの子を演じようと決心した


 幸いアスカルの記憶と私が社交界などで培った経験もあったからね、私はそれを自信にして部屋を自ら飛び出したの、その時の王族関係者全ては大いに喜んでくれたわ、それはもう一晩中お祝いをする程に


 その後アスカルである私は、1年程をこの国の情勢や歴史などを学ぶことに費やした、そして12歳を3月程過ぎた頃、予期せぬ事態が私に降りてきた


 それは妙に寝付けないある日の深夜、月明かりの明るさではない光が瞼の裏を照らした、驚き目を開けると窓から銀色の光が差し込んでいた、唖然としていると不意に頭の中に直接男女を合わせたようなそれでいて清涼な声が響いてきた


 ——時は来た 抗える力をそなたに——


 その神聖な光と声を見聞きした次の日、私はまず家族に打ち明けたわ、イオン王はすぐさまロイディ枢機卿を呼んで、普段は立ち入る事ができない王城深部にある神のかけらと言われる物が安置される神殿に案内された


「あれはなんですか?」

「この宝玉は神のかけらと申します、さぁこちらにて、手を翳してくださいませ」


 白い台座に安置される宙に浮く球を前に枢機卿に言われるまま手を翳すとやがて私の体は黄金の光に包まれた

 

 ——災禍の者に抗う力を ......そして再会はいずれ——

 

 温かく優しい光に身を任せた時、再びあの声が聞こえてきて私は戦姫に選ばれた、しかしそんな事よりも私の希望の光に火を灯していったあの後の言葉


 ......これはきっと彼のことだわ


 そう確信した私はその後戦姫として鍛練を行いながらその時を待ったわ、しかし1つ2つ3つと月を過ぎてもその兆候は現ず、月を重ねるごとに本当に再会できるのか? とか再び不安が付き纏い始めたある時ふと根本的であろう問題に気づいてしまった


 その問題とはたとえ玲くんと再会できたとして"どうやって見た目の違う自分達をお互い探し合い自分達である事を伝える事ができるのか、そして理解してもらえるのか"とまるで押し問答のような問いに悩んだが解決策は一向に見つからずにすれ違ってしまう恐れに日々恐怖していたわ


やがてそれは数ヶ月程経ったとき思いもかけない形で解決した


 「ミレイと申します」


 ある日王城に訪れてきたお父さんを救ったウルの村の村長、森の民ミルダン、その子息で次期村長であるミレイの顔見せの謁見があった


 その頃の私は誰が玲くんなのか虚ろで疑心暗鬼状態だったので彼の事をじっと見つめてしまっていた


(銀色の瞳なんて珍しいわ、それに彼には表現できないなにかを感じるわね なにか隠してる?)


 一頻り挨拶などが終わると彼は私に手合わせを申し出てきた、正直この手の話は結構多かったのでうんざりだったけど王である父の勧めで行う事になった


 しかし結果的にこの行いは私の最も望む答えを出してくれた


「遠慮なさらずどうぞ」


 私はその"なにか"を見てみたくて言葉通り遠慮のない立ち合いを始めたわ


 戦姫として戦うために嘉納流剣術を使う私に、大体の有象無象の人達はこの世界にない独特な武術に初手で倒れていったわ


「ふっ」

「うぉ はやっ」

 

 しかし彼は慌てる素振りを見せながらも余裕をもって対処してきた、場数を踏んだ人なら当然! 私は次なる連撃を怯む事なく繰り出した


 ——おかしい 全て見切られてるような .....これは


「嘉納流 ......裏の型 ......‼︎」


 私の放つ苛烈な連撃を全て併せていなされるこの型には覚えがあったため私は思わず呟いた


【そう ——その通り そのまま続けながら聞いて】


 突然の飲み込めない事態に惚けて立ち合いを辞めようとしたがそれを彼に小声にて静止された


【明日どこかで会えないか? 人目のないところで】


 彼には ——いいえ、恐らく玲くんには説明できない何かがあると咄嗟に判断した私は思いつく人目のない場所を指定した


【分かりました ......では4の鐘に城下町共同墓地にて】


 ほんとは無心で今すぐ飛びつきたかったけど、心の中で押さえ付けた


【今はこのままで事情はその時話す】


 私は彼の指示に従って、その後も手合わせを続けたわ、でもその手合わせは昔彼と道場で繰り返した表と裏の型合わせの打ち合いへと変わっていき、私はその懐かしさと会えた喜びでいっぱいになった


 その夜は次の日が待ち遠しく眠れず時を待った、やがてその時になり待ち合わせの場所にいる彼を一目見た瞬間、怒涛のように押し寄せる気持ちに抗えず私は彼の胸に深く飛び込んだ、いっぱい話したい事はあったけどどっかに飛んでいって、ただ彼の温もりをしばらく味わっていたな


 私が落ち着いたのを見計らって彼は話し始め、私もこれまでの事を打ち明けた


 やはりこの世界は玲くんの描いた世界である事こと、そしてこれから起こるだろうことやこれからどうしていくかなど......


 ほんとは離れたくなかった ......けど 世界の改編を最低限にするために来るべき時の2年後に再会を約束した、2年は長いようだけど、もう大丈夫! 今から出来ることをやって準備を万端にして私は彼を待つ事にしたわ


 けどそんな覚悟をよそに思いもかけない由々しき事態が斜め上から降りて来た


「ミレイ素敵ね」


 とかキリッとした顔で言いながらキリカ姉さんがデレてしまった


 飽きっぽい姉さんの事だから2年も経てば落ち着くと思いたいがまさか紋章入りのネックレスまで渡すとは思わなかったわ


 私は2年後に向けて鍛練に加えてライバルとなり得てしまう姉さんの動向を見ながら頑張ることを改めて決意して過ごしていった


 

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