第5話 森の民の日常

 この世界に落とされてから数日が経った


 この地域は今は草木が芽吹き始めのほんのり暖かい陽気、地球で言う春先3月あたりだ、この世界では前春と呼ぶ


 この世界の季節は春、夏、秋、冬にそれぞれ前、中、後をつけて三月に分けた、この辺は物語の時期を分かりやすくするため地球の感覚で名付けたつもりだ、もちろん地域によってそれぞれが長い短いもある


 とりあえず俺はこの世界と村に慣れるため、親であるミルダンとファナの行動について回った


 ウルの村の村長であるミルダンの1日はなかなか忙しい、狩の指示や畑仕事に村の方針の策定、定期的な王都への商いに向かうなどなど多岐にわたる


 中でも特に重要なのは森の見回りらしくマナの濃度が高いウルの森では野獣が変異し魔獣になるものが一定数自然発生する、木でも獣でもなんでも食らう雑食のため放っておくと森の害になるため村1番の実力を持つ彼はその討伐も行うそうだ 


 当然働き者で実力がありイケメン青年にしか見えない親父は村長でもあるため村での信頼はとても熱い


 その妻であるファナも働きものであり日中は畑仕事や薬草や山菜取り、王都で資金を得るための織物や森で手に入れた薬草を調合し薬を作るなどを村の女性陣と行うそうだ


 ウルで作る薬はとても良質で王都でも高値で取引されるらしい、そして聞けば昔のファナは狩の腕前をミルダンと競うほどの実力もあったらしく、いざと言うときの村の守り人としても頼られているそうだ


 そんな俺たちが住まうウルの村とは森と精霊を讃えた森に住まう民の集落である


 森の民とはエルフのことを指し長命で皆若く見える、30歳程まで人と同じく成長しその後はほぼ80年ほど見目麗しい金髪の美男美女のままである、ちなみにヴァイス王国では国民の髪は濃淡があるが金髪である


 ミレイである俺も御多分に洩れずそのイケメンを存分に発揮した容姿だ、まぁそこは主人公のお約束事ではあるが他の村の人と違いがあるとすればミレイの髪は金ではなく銀髪であることか


 村自体は基本自給自足で生活している、村で手に入らないもののみ王都の市場にて最低限仕入れては来るようだが生活的には結構原始的ではある


 ある日の朝、台所に立つファナの手伝いをしながら問いかけた


「母さん、僕たちは城下町には住まないのですか? 森に住むより安全なのでは?」 

「ミレイ、私達はずっと先代から続く森の民よ 穏やかで慎ましやかに暮らす事が生きる事なの、今この時の安らぎはロキ様と精霊様そして森に感謝することで得られるのよ」


 このロキ様と言うのはこの世界を創造した神である


 時を超えて世界を渡り、災いを招く災禍の魔女エリスに抗うべく"創造神ロキ"により創造された世界、それがこの世界グランバシア、この世界を舞台に英雄となるミレイが旅をして各国で唯一エリスに抗える力を持つ戦姫を仲間にしエリスに立ち向かう ——それがこの物語の大枠の内容だ


「ロキ様と精霊様に感謝ですね 母さん」


 俺はそんなことを思い返しながらファナに答えを返した


 昼の食事の後、俺はミルダンと森に向かった、今日は狩よりも薬草採取がメインらしいのでそこまで森深くまでは入らないので比較的安全らしく同行する事になったのだ、目的地に着き採取を行いながらミルダンは森の民について話してきた


「いいかミレイ、獣を狩ることは大切な食料を手に入れる事だが、もう一つ森の民として大切なことがある」

「それはなんですか? 父さん」


「魔獣を増やさない事だ」

「魔獣ですか?」


「元は獣だが魔素が変質し魔獣となる、奴らは人、獣関係なく襲う、森も荒らされる森の民にとってまさしく害にしかならん」

「なるほど、では見つけ次第駆除するしかないのですね」


「そう言うことだな、ウルの森は貴重な資源があるし聖域でもある、魔獣が氾濫して王国が荒らされることも少なくなるから俺たち森の民は王都から丁重に扱われているんだぞ」

「なるほど」


「ここいらなら、いても小型の魔獣しかいないからもう少し経験を積んで気をつけて相手をすればお前でもいけるだろう ......だが絶対に1人で相手してはいけないものもいる、まぁそれこそ何十年見かけてはいない異質な存在だがな もし見かけたらまず逃げることだ」

「そんなものが..... いったい何者ですか?」


「災禍の魔獣 ......口に出すのもおぞましいが」


 一呼吸置いてそう呟くミルダン


 エリスが現れる時は予兆のように黒い雨が降る、その雨を"災禍の涙"と呼び、降りやんだ後には"災禍の魔獣"が現れる 俺が設定したものではあるが ......あれ? ウルの森には出現してはいないはず......


 顎に手を当て首を傾げる俺は答えの出ない考えをやめ、その後採取に没頭し、十分な量を採って家路に着いた


 夜、寝る前に数日間の生活を思い返してみた 


 ——やはりこの世界は生きている


 温度も風も匂いも味も感触も、五感全てがリアルと同じように感じるし、天候も変わる、何より俺が描いていないNPC的な村人さえ名前がありそれぞれの生活や物語があるのだ


 俺が創った世界ではあるがもはや別の惑星 もう一つの地球のようにさえ感じた、まぁこちらの方が精霊や魔法、魔獣などがいて死と隣り合わせな分よりハードな気がするが......


 何もしていない時は日に日に焦り早りに苛まれるがミレイである俺はまだ10歳かそこらの子供だ、しかし身体的にも能力的にも同世代より高いし何より内心に現代的知識や考えを持つ俺が宿ってはいるがしかし今すぐ1人でどうこうできるわけではない


 ここ数日暮らしていっそ二人に俺の身の上を話してしまい協力してもらおうかとも考えたがそれはやめておいた、それは何故か? まず信じてもらえないことは明白であるが...... この世界では俺はイレギュラーの存在であるからだ


 ——直感だがその存在を主張することはこの世界の歪みを生む気がした、何よりエリスに存在を見つけられてしまう恐れもあった、しかしいつ襲われてもいいはずが、大人しく流れに任せたここ数日その兆候はない


 襲来されても到底敵うはずなどないのでまずはミレイとしてこの村で暮らし、来るべき時が来たら行動を起こそうと思う


そしてここ数日、俺自身にも僅かだが変化が起きている、何というか今まではこのグランバシアでの出来事は創作者としてすべてを把握していたつもりだ


 世界の強制力なのかその記憶が消えるのではなく綻ぶ、というか大枠の流れ以外が少しづつ記憶の引き出しにしまわれていってる気がしている


 何かの事象が起きれば、きっかけになってそれらは思い出すような感じになっているところがあるので対応が後手に回ることに少し恐怖を覚えた


 「だが今はとにかく15歳になるその時まで鍛えないとな」


 俺は行き場のない考えをするより、今はその時のために鍛錬を行うべきだと気持ちを切り替え呟く、鍛錬と言っても今のミレイの体では素質があっても限界はあるが今でも驚くべき能力は持ち合わせていた


 特に弓の腕は俺が意識をしなくてもすでに目を見張るものがあり、さすが森の民であると感じた、しかし今後に備え接近戦も意識したい ——嘉納流剣術を取り入れたいが、この世界で使って大丈夫か少し心配だな 


「......とりあえず人目のない時間に訓練して様子を見てみるか」


 そして旅立ちの時が来る15歳の時までミレイである俺はウルの暮らしと鍛錬に明け暮れるのであった

 

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