九匙




 おやすみなさい。

 部屋まで送ってくれたラルガにお礼を言ったあと、挨拶を交わし合ったのばらは扉を閉めると、ゆっくりとベッドに近づき、腰を下ろすと、リュックサックを隣に置き、仰向けになって腕を伸ばした。

 伸ばしてもなお、手がベッドからはみ出ないことにすごいなあと思いながら、ベッドの天蓋を見つめていた。


「お金持ち。へたくそな鼻歌。お茶が美味しい」


 接していくたびに、ひとつ、またひとつ、新しいことを知っていくのだろう。

 知っていって。

 知っていっても。


「一年後には離婚」


 一年の間に。

 好きなだけ多くの日本語に触れる。

 へたくそな鼻歌を取得する。

 この二つを達成できればいい結婚。

 あの人を知るのは、へたくそな鼻歌を取得するために必要だと思ったから。だ。

 無意識下で奏でているだろう、へたくそな鼻歌を取得するために。

 それだけのため。


「う~ん」


 のばらは伸ばしていた腕をゆっくり動かして、お腹の上で組んだ。


「う~ん。なんか。う~ん。うん。今更だけどどうして私と結婚したんだろう。とゆーのは、まあいいとして。私。が。もらってばっかり。な。ような。私が渡せるのは、手紙と、日本語。だけど。う~ん」


 ぐるぐるぐるぐる。

 今まで接して来た日本語が頭の中で回り始めたのばらは、息が荒いなと他人事のように思っていると、不意に意識が途切れてしまった。


 ぺりゅみいが強制的に眠りに就かせたのである。

 のばらを守るために。











(2023.7.5)



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