四匙

 ラルガは後方にいるのばらを強く意識しながらも、否、しているからこそ何の話題も思いつかないまま無言で上下は落ち着いた黄色の竹板、左右は仄かに紅色の石板が敷かれた長い廊下を進んで、目的の部屋が視界に入った時点で立ち止まっては、ぐるりと振り返り、左側へと左腕全体を向けた。


「手前の薄紫色の扉がのばらさんの部屋で、少し離れた先に見える黒紫色の扉が僕の部屋」


 ラルガは言葉が途切れないように素早く、今度は右側へと右腕全体を向けた。


「そして、反対側の薄い青の扉がオリフィラの部屋になります」

「わかりました」

「では、のばらさんの部屋へどうぞ」


 広い廊下、退く必要などないのに、ラルガは腕を下げてからのばらが通りやすいようにと、身体を右側へと必要以上に移動させた。

 のばらはラルガを通り過ぎて自室の部屋となる薄紫色の扉を開こうとしたが振り返り、一向に動く仕草を見せないラルガを見た。


「ラルガさんは入らないのですか?」

「はい!」


 予期しない大きな声に少しだけ肩を揺らしたのばらを見てしまったラルガは顔を蒼褪めさせた。


「すみませんすみません驚かせてしまいまして」

「いえ、謝らないでください。少し驚いただけですから。それよりもどうして一緒に入らないのですか?」


 ラルガは目を丸くしたが、そう言えば過去にも同じ質問をされたことがあるなと思い直して、プライベートな空間ですからと伝えた。


「夫婦とは言え。いえ。僕たちは特殊な夫婦だからこそ、立ち入るべきではない場所があった方がいいと思いましたので。用意もすべてオリフィラに頼みました」

「じゃあ、ラルガさんの部屋にも入らない方がいいということですね」

「気を悪くさせたのならば申し訳ありません。もし僕の考えを変更されたいのでしたら教えてください」

「いえ。ラルガさんの考えのままでいいですが。私たちの部屋、はないのでしょうか?」

「僕たちの部屋、ですか?」


 思いもしない質問に大きく首を傾げたラルガ。過去にもされた質問ではあるが、お見合いでの印象では、不干渉を望んでいるように見えたので、まさか、のばらから訊かれるとは思わなかったのだ。


「あの。いえ。必要でしたら、用意します」

「じゃあ、今日の夜にでも話し合いませんか?」

「夜。です、か」

「歓迎会が終わったら仕事に行くので、帰ってくるのは夜ですから。性急でしたか?」

「いいいえええ。では、あの。まずは自室で少し休まれてください。僕は歓迎会の準備が終わっているかどうか見てきますので」


 ビュンと疾風の如くその場を走り去ったラルガを見送ったのばら。小さく息を吐きだしたのであった。










(2021.10.25)


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