三匙

「今日からよろしくお願いします」

「よ、よろひくおねがいしゃす」


 ラルガの自邸にて。

 大きな外門を潜り、赤い煉瓦道を進んで、大きな内門を潜り、大きな玄関室で特殊な紫外線ライトと手洗いうがいで除菌を行い、広間へと足を踏み入れたのばらを案内したオリフィラはラルガのあがりっぷりに目を覆いたくなる感情を優しい笑みの奥に隠して、のばら様の自室へ案内してはどうですかと提案した。

 二人きりになったらますますあがりまくる。

 必死に目で訴えてくるラルガを無視して、オリフィラは歓迎会の準備を進めてきますのでとふんわりスカートを翻して、優雅に立ち去って行った。


(毎度毎度、よくまあ微笑ましい反応を見せますね)


 頑張ってください。

 くすりと、一笑をこぼして、さんざん伝えた言葉をこっそりと口にした。




(何かを言わねば。リュックサックをわざわざ持ちましょうかと言うのはどうなんだろうか?お見合いの時と婚姻届けを提出する時以来ですが、相も変わらず愛らしいですね。ぎょええ。無理無理無理無理。あ、れ。そういえば)


「あの、のばらさんの月の鏡はどちらにいらっしゃるのですか?」


 月の船である人間と月の鏡であるアンドロイドは常に連れ添っているはずなのだが、お見合いの時も、婚姻届け提出した時も見たことがないことに今になって気づいたラルガが尋ねると、のばらはリュックサックを前に回して、ここでスリープ状態になっていますと言った。


「リュックサックの中、ですか?」

「緊急時や用がある時以外、肩乗りペンギンにトランスフォームして、ほとんど私の肩に乗っているんですけど、ヤキモチを焼かれたら困るからあまり姿は見せないようにしとくと言って。あの、起こした方がいいでしょうか?」



 ヤキモチという耳慣れない単語に目が点になったラルガ。何度も何度もその単語を反芻してのち、ボンッと全身を赤くさせた。


「あああ、いいええ。あの、では、部屋へと案内しますので」


 ギクシャクと通常時には鳴るはずもない機械音を盛大に出しながら、のばらに背を向けて、ゆっくりゆっくりと歩きだした。

 無意識の内にへたくそな鼻歌を奏でながら。

 のばらは大きな背をゆっくりと追いながら、ラルガのへたくそな鼻歌に耳を傾けたのであった。








(2021.9.27)


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