第51話 今度は俺が、二人のために
まず、先陣を切って襲来したのは
鳶色の羽根があたりに舞い、どす黒い血が飛び散った。片翼を切り裂かれた
「まずは一匹、お次はどいつだ!」
俺の挑発に応えて、右から
一匹ずつならともかく、両方一度に相手にしたんじゃ勝ち目はねえ。それなら、どうするか。
二匹の魔物が、左右から俺を挟み撃ちにしようとしたところで、俺は――床を蹴って、前に跳んだ!
宙で背中を丸め、床の上でぐるんと一回転。でんぐり返って立ち上がりざま、腰をひねって振り返る。ちょうどそのとき、俺を挟撃し損ねた
がつん! 頭と頭をぶつけ合い、よろめく二匹の魔物。双方ふらつきながら後ずさり、頭痛とめまいを追い払おうと首を振る。
この
「そらよッ!」
続けて
どちらも手応え充分。
「これで三匹……!」
その後も、入れ替わり立ち替わり襲ってくる魔物を相手に、俺は剣を振るい続けた。何度も体当たりされ引っかかれ、噛みつかれはしたものの、絶対に剣は手離さねえ。満身創痍になりながら、斬り、突き、打ちすえ、薙ぎ払い、攻め寄せる魔物たちを押し返した。
こうやって時間を稼いで、サーラがいくらか元気になるのを待つんだ。あいつが動けるようになったら、三人で戦いながら後退して、この大広間から出る。狭い廊下で戦えば、背後を気にせずに済むし、魔物もせいぜい二、三匹ずつしか襲ってこれねえだろう。そうなりゃ、戦うのもずっと楽になる。だから、魔女っ子が回復するまで、どうにか俺一人で持ちこたえねえと。
「太陽神リュファトにかけて、デュラムとサーラにゃ指一本触れさせねえぞ!」
途中、俺の傍らを擦り抜け、二人に襲いかかろうとした魔物が何匹かいたが、俺はそいつらの背中を容赦なくぶった斬った。仲間に手を出す奴は、どんな怪物だろうが許さねえ。
「てめえらの相手は俺だ! 遠慮はいらねえ、どんどん来やがれ魔物ども!」
息つく間もなく戦いながら、心の中で神々に祈った。
神々は気まぐれで残酷だ。俺たち地上の種族に、時々とんでもなく無慈悲な運命を授ける。三年前、俺の親父に対して、そうしたように。
けど、あの連中は俺から親父を奪う一方で、俺をデュラムやサーラとめぐり合わせてくれた。苦楽を共にして、人生を一緒に歩んでくれる仲間を二人、俺に与えてくれたんだ。
もし、天上の権力者たちに少しでも、俺たち地上の種族を慈しむ心があるのなら、お願いだ――俺に勇気をくれ。
今にも震えだしそうなこの手で、ちゃんと剣を握れるように。
ともすりゃすくむこの足で、しっかりこの場に踏みとどまれるように。
あの二人を守るために、目の前の現実と戦う勇気を、俺に授けてくれ!
「おお、メラルカ様……私には信じられません」
魔法使いが、驚嘆とも狼狽ともとれるつぶやきを漏らした。
「これだけの魔物を相手に、一人でここまで戦える人間がいようとは」
「火事場の馬鹿力ってやつだよ! 地上の種族を――人間様をなめるんじゃねえ!」
そうだ。あいつは神授の武器に秘められた神の力に酔っ払って、人間の力を見くびってる。自分だって、人間のくせに。
たとえ魔法が使えなくても、神々の加護が得られなくても、人間は決して無力な存在なんかじゃねえ。
「思い知れよ、人間の底力!」
だが、そんな大口叩いておいて、俺は自分でも信じられねえようなどじを踏んだ。床に足を滑らせて、体の
「うわととととッ!」
これも、意地の悪い神々が定めた運命なのか? 転びこそしなかったが、この隙を魔物たちが見逃すはずもねえ。連中、今が
馬鹿野郎、何やってるんだ俺は。今が肝心要の正念場だってのに!
自分の間抜けさにいら立ち、奥歯が軋るくらい歯を食いしばった。だが、こぼれた
毒づきながら体勢を立て直したところで、血まみれの翼が大きく羽ばたいて、俺の手中から剣を叩き落とした。
「……? てめえは……!」
どいつの仕業かと思ってみりゃ、こんちくしょう! さっき壁に頭から突っ込んだ
床の剣を拾おうと手を伸ばしたところで、今度は肩に鉤爪を立てられる。おまけにひん曲がった嘴で執拗に額やほっぺたを突かれて、危うく目を潰されかけた。
他の魔物も
「こ、この野郎……!」
こうも寄ってたかって攻められちゃ、防ぎきれねえ。このままじゃ、数に任せて押し切られちまう。何か策はねえか? 何か、この場を切り抜ける名案は……。
右手の方で、キリキリって音がした。魔物も含め、その場にいる全員の目が、一斉にそっちへと向けられる。
「カリコー!」
何かと思えば、フォレストラ王国の王女様が弓に矢をつがえ、自分の腹心を狙ってた。いや――正確にゃ、元腹心か。
「おや、フェイナ様。まだ生きておいででしたか。とうの昔に、土に還られたかと思っておりましたが」
「私には守るべき国がある! 救うべき民がいる! こんなところで、死ねるものかっ!」
そう言って、弓弦を引き絞る姫さん。緑の髪を振り乱し、
「カリコー、なぜ私を裏切った? 森の神ガレッセオにかけて、答えろっ!」
と、裏切りの理由を問い質す。そのきれいな顔にゃ、怒りと悲しみがないまぜになった痛々しい表情が浮かんでる。
「やれやれ、貴方もものわかりの悪いお方ですな、フェイナ様」
魔法使いは悪びれる様子もなく、姫さんの方へと向き直る。あの野郎にとっちゃ、姫さんはもう用済み。泣こうが怒ろうが、どうでもいいことなんだろう。
「先程お話した通りです。私は最初から、あなたを利用するつもりだったのですよ。世の中、だますよりだまされる方が悪い――そういうことです」
「ならば……神々の裁きを受けろっ、カリコー!」
絶叫する姫さん。弓弦を蹴って、矢が飛び出す。
だが、姫さんが一矢報いようとして放った矢は、魔法使いに命中する直前で、行く手を阻まれた。上半身が人間で下半身が蠍の怪人、
白刃取りならぬ白羽取り。あの野郎、無意味にしゃれたことしやがって!
「惜しかったですな、フェイナ様。あと一息で逆臣を誅することができましたものを。いやぁ残念、実に残念……」
「――死ね」
とろけた
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