第50話 〈操魔の指輪〉

「……いやはや、私としたことが迂闊でしたな」


 そのとき、あたりにちらばるお宝の中で、ぴくりと身じろぎした奴がいた。ゆっくりと身を起こしたのは、あの魔法使い。やっぱりと言うべきか、まだくたばってなかったみてえだ。


「あれだけの激流を放てる魔法使いと言えば、この大陸に五人とおりますまい。しかも、金の御髪おぐしを三つ編みのおさげにした魔女と言えば、思い当たるのはただ一人。杖から水を滴らせるのがやっとの三流魔法使いかと甘く見ておりましたが、まさかマイムサーラ殿とは。いやぁ、おみそれしました」


 俺は妖精エルフに魔女っ子の介抱を任せ、二人をかばうように前に出た。

 デュラムもサーラも俺のために、できることをしてくれたんだ。それなら今度は俺が、二人のためにできることをする番だ。


「……てめえ、サーラを知ってるのか?」


 剣を構えて魔法使いを見すえつつ、たずねる。


「もちろんですとも。魔道を歩む者たちの中で、マイムサーラ殿を知らない者などおりませんよ。知らぬ存ぜぬなどと言おうものなら、もぐりと見なされても仕方がありません」


 サーラって、その道の有名人だったんだな。知らなかったぜ。


「おや……無駄話がすぎましたな。この場を天上からご覧になっておられる神々も、いい加減お飽きになっておいででしょう。そろそろ、終わりにしようではありませんか」


 魔法使いは呪文を詠唱し、仕上げとばかりに両手を左右に払う。すると――げげっ! 奴の周囲に、怪しい煙がいくつも立ち昇り始めたじゃねえか。


「メリック、気をつけろ」


 サーラを介抱しながら、デュラムが低い声で呼びかけてきた。


「あれは召喚の魔法だ。あの魔法使い、魔物を呼び寄せているぞ」

「なんだって……!」


 魔法使いの中には、神の力を借りて魔物を服従させ、思い通りに操る奴がいる――そんな噂を聞いたことは何度もあるが、まさかこんなときに、それをこの目で見ることになるなんて。

 デュラムの言葉通り、やがて噴き上がる煙の中から、魔物が続々と姿を現した。

 獅子鷲グリフォン獅子山羊キマイラ獅子女スフィンクス蠍人間ギルタブリル人面獣マンティコラ蛇髪女ゴルゴン放火鬼アイレン水魔グレンデル……まだまだいるが、いちいち名前を挙げてりゃきりがねえ。粘魔スライムのような雑魚から、牛頭人ミノタウロス三頭犬ケルベロスにも匹敵する強敵まで、いろんな魔物が顔をそろえてやがる。


「本来ならば、魔物を召喚するには魔法陣を描き、長い儀式を行う必要があるのですが……」


 そんなことを言いながら、カリコー・ルカリコンが自慢げに掲げてみせたのは、右手の人差し指にはまった一つの指輪。昨夜、あいつが姿を消す前にちらりと見えた、金の指輪だ。今は何やら妖しい真紅の輝きを放ってるが、あれは一体……?


「神授の武器の一つ――いかなる魔物も服従させ、使役する〈操魔の指輪ソロンティロス〉。これがあれば、私は面倒な手順を踏むことなく魔物を呼び出し、思いのままに操ることができるのですよ」

「……〈操魔の指輪ソロンティロス〉?」


 その名は昨日、サーラから聞いたような気がするぜ。多分晩飯のとき、あいつがつらつらと名前を並べてみせた神授の武器の一つだろう。

 けど、あのときも気になったんだが、〈操魔の指輪ソロンティロス〉って名前、ずっと前にも聞いたことがあるような気がするんだよな。俺が冒険者になる前、イグニッサの王子だった頃に――。

 俺は、魔法使いの右手に光る指輪をじっと見た。輪になって踊る炎をかたどった、ヘンテコな指輪だ。こうしてじっくり拝むのは、もちろん初めてのはずだが……。

 輪になって踊る炎……炎の輪? そんな形の指輪を、昔どっかで見なかったか?

 どうしようもなく忘れっぽい頭の中で、記憶の糸を必死にたぐる。そして――。

 脳裏に閃いたのは、意外な答えだった。


「そいつは……親父の指輪か?」


 そうだ、間違いねえ。昨夜見たとき、道理で見覚えがあると思ったわけだ。あれは三年前のあの日、親父がはめてたご先祖様伝来の指輪じゃねえか!


「おお、気づかれましたか」


 にやりと笑うカリコー・ルカリコン。


「お察しの通りです。これは貴方の父君から、お命共々頂戴したもの。まったく、貴方の父君も愚かな方ですよ。これを素直に渡していただければ、私もあのようなことまでせずに済んだのですが」

「……? それじゃ、まさか! てめえが親父を裏切って、殺したのは……?」

「そう、この指輪を手に入れるためですよ。使い方をご存じない方が持っておられたところで、宝の持ち腐れですからな」


 親父の指輪が、神授の武器だって? なんてこった! だが、それ以上に驚かされたのは、カリコー・ルカリコンがあの指輪欲しさに親父を裏切ったってことだ。あんなちっぽけな指輪一つのために、親父は殺されたのかよ……!


「しかし殿下、貴方の父君には感謝もしておりますよ。この指輪を手にしたことで、私はいつでもどこでも、手軽に魔物を呼び出せるようになったのですからな……」


 憎たらしい笑みを浮かべて、右手を掲げる魔法使い。奴の人差し指にはまった金の指輪が、真紅の輝きを放つ。すると――それまで彫像みてえに固まってた魔物たちが、一斉にこっちを向いた。


「昨日は貴方がたや、青外套マントの剣士殿にずいぶん倒されてしまいましたが……あいにく手駒はまだまだありましてな」

「……その口振りからすると、昨日俺たちに襲いかかってきた魔物は、全部てめえが操ってたみてえだな」


 道理で昨日は、やたらと魔物が現れたわけだぜ。あいつが〈操魔の指輪ソロンティロス〉の力を使って魔物を呼び寄せ、俺たちにけしかけてやがったんだ。


「いかにも、その通り。さて、父君の後を追い、冥界の王ヴァハルに謁見する覚悟はよろしいですかな、殿下?」


 かつて自分が裏切り、殺した男。その息子の始末を、魔物に任せておくつもりはねえようだ。魔法使い自身もべろりと舌なめずりして、〈焼魔の杖メラルテイン〉をこっちに向けてきた。

 無言でにらみ合う、俺と魔法使い。一触即発の状態がしばらく続き、そして――。


「さあ魔物たちよ、殿下を八つ裂きにして差し上げなさい!」


 魔法使いが沈黙を破って命じれば、魔物たちが一匹、また一匹と動き出す。

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