第50話 〈操魔の指輪〉
「……いやはや、私としたことが迂闊でしたな」
そのとき、あたりにちらばるお宝の中で、ぴくりと身じろぎした奴がいた。ゆっくりと身を起こしたのは、あの魔法使い。やっぱりと言うべきか、まだくたばってなかったみてえだ。
「あれだけの激流を放てる魔法使いと言えば、この大陸に五人とおりますまい。しかも、金の
俺は
デュラムもサーラも俺のために、できることをしてくれたんだ。それなら今度は俺が、二人のためにできることをする番だ。
「……てめえ、サーラを知ってるのか?」
剣を構えて魔法使いを見すえつつ、たずねる。
「もちろんですとも。魔道を歩む者たちの中で、マイムサーラ殿を知らない者などおりませんよ。知らぬ存ぜぬなどと言おうものなら、もぐりと見なされても仕方がありません」
サーラって、その道の有名人だったんだな。知らなかったぜ。
「おや……無駄話がすぎましたな。この場を天上からご覧になっておられる神々も、いい加減お飽きになっておいででしょう。そろそろ、終わりにしようではありませんか」
魔法使いは呪文を詠唱し、仕上げとばかりに両手を左右に払う。すると――げげっ! 奴の周囲に、怪しい煙がいくつも立ち昇り始めたじゃねえか。
「メリック、気をつけろ」
サーラを介抱しながら、デュラムが低い声で呼びかけてきた。
「あれは召喚の魔法だ。あの魔法使い、魔物を呼び寄せているぞ」
「なんだって……!」
魔法使いの中には、神の力を借りて魔物を服従させ、思い通りに操る奴がいる――そんな噂を聞いたことは何度もあるが、まさかこんなときに、それをこの目で見ることになるなんて。
デュラムの言葉通り、やがて噴き上がる煙の中から、魔物が続々と姿を現した。
「本来ならば、魔物を召喚するには魔法陣を描き、長い儀式を行う必要があるのですが……」
そんなことを言いながら、カリコー・ルカリコンが自慢げに掲げてみせたのは、右手の人差し指にはまった一つの指輪。昨夜、あいつが姿を消す前にちらりと見えた、金の指輪だ。今は何やら妖しい真紅の輝きを放ってるが、あれは一体……?
「神授の武器の一つ――いかなる魔物も服従させ、使役する〈
「……〈
その名は昨日、サーラから聞いたような気がするぜ。多分晩飯のとき、あいつがつらつらと名前を並べてみせた神授の武器の一つだろう。
けど、あのときも気になったんだが、〈
俺は、魔法使いの右手に光る指輪をじっと見た。輪になって踊る炎をかたどった、ヘンテコな指輪だ。こうしてじっくり拝むのは、もちろん初めてのはずだが……。
輪になって踊る炎……炎の輪? そんな形の指輪を、昔どっかで見なかったか?
どうしようもなく忘れっぽい頭の中で、記憶の糸を必死にたぐる。そして――。
脳裏に閃いたのは、意外な答えだった。
「そいつは……親父の指輪か?」
そうだ、間違いねえ。昨夜見たとき、道理で見覚えがあると思ったわけだ。あれは三年前のあの日、親父がはめてたご先祖様伝来の指輪じゃねえか!
「おお、気づかれましたか」
にやりと笑うカリコー・ルカリコン。
「お察しの通りです。これは貴方の父君から、お命共々頂戴したもの。まったく、貴方の父君も愚かな方ですよ。これを素直に渡していただければ、私もあのようなことまでせずに済んだのですが」
「……? それじゃ、まさか! てめえが親父を裏切って、殺したのは……?」
「そう、この指輪を手に入れるためですよ。使い方をご存じない方が持っておられたところで、宝の持ち腐れですからな」
親父の指輪が、神授の武器だって? なんてこった! だが、それ以上に驚かされたのは、カリコー・ルカリコンがあの指輪欲しさに親父を裏切ったってことだ。あんなちっぽけな指輪一つのために、親父は殺されたのかよ……!
「しかし殿下、貴方の父君には感謝もしておりますよ。この指輪を手にしたことで、私はいつでもどこでも、手軽に魔物を呼び出せるようになったのですからな……」
憎たらしい笑みを浮かべて、右手を掲げる魔法使い。奴の人差し指にはまった金の指輪が、真紅の輝きを放つ。すると――それまで彫像みてえに固まってた魔物たちが、一斉にこっちを向いた。
「昨日は貴方がたや、青
「……その口振りからすると、昨日俺たちに襲いかかってきた魔物は、全部てめえが操ってたみてえだな」
道理で昨日は、やたらと魔物が現れたわけだぜ。あいつが〈
「いかにも、その通り。さて、父君の後を追い、
かつて自分が裏切り、殺した男。その息子の始末を、魔物に任せておくつもりはねえようだ。魔法使い自身もべろりと舌なめずりして、〈
無言でにらみ合う、俺と魔法使い。一触即発の状態がしばらく続き、そして――。
「さあ魔物たちよ、殿下を八つ裂きにして差し上げなさい!」
魔法使いが沈黙を破って命じれば、魔物たちが一匹、また一匹と動き出す。
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