第46話 黒幕

 そのまさかだった。奴の頭上、ドラゴンの真上に何かある! 床にちらばるお宝に目を奪われてて、今まで気がつかなかったんだ。目を凝らしてよく見ると、それは一本の杖だった。真紅の輝きを放つ杖が、天井から古びた鎖でつり下げられてる。あれが、神授の武器なのか。

 カリコー・ルカリコンが懐から一本のロープを取り出し、呪文を唱えて頭上に放り投げる。ロープ邪眼蛇バジリスクみてえに身をくねらせながら、上へ上へと鎌首をもたげ、神授の武器にからみついた。

 昨夜デュラムとサーラを縛り上げた、魔法のロープとやらか。

 天井と杖をつなぐ鎖は、長い年月を経て、もうぼろぼろ。カリコー・ルカリコンが二、三度ロープを引っ張ると、あっけなく千切れた。そうなりゃ当然、杖は下へと落ちるわけで……。

 落下してきた杖を右手でつかみ、魔法使いはにんまりと笑った。人間離れした、邪悪な笑み。目はくわっと見開かれ、鼻の穴は大きくふくらんでる。おまけに唇がめくれ上がって、歯茎が丸見え。火を噴く間際の、ドラゴンの顔面そっくりだ。

 その凄絶な笑顔のまま、カリコー・ルカリコンは高笑いした。


「これぞ神授の武器の一つ、あらゆる魔物を焼き尽くす〈焼魔の杖メラルテイン〉! さあ――お納めください我が主よ! これは元より貴方様のもの!」


 魔法使いが誰にともなくそう呼びかけた途端、奴の背後で、ぱっと炎が燃え上がる。最初はごく小さな火花が散ったようにしか見えなかったが、二、三度瞬きする間にでっかい紅のロートスが花開き、あたりに熱い花粉を振りまいた。


「な、なんだ……?」


 それだけでも充分驚異だが、その後起こったことはまさに神秘だった。魔法使いの頭上高く跳ね上がり、盛大に火の粉をまき散らす紅蓮の炎。その中に、若い男の顔が浮かび上がったんだ。


「――やあ。ご苦労だったね、ルカリコン」


 火中の男が、話の口火を切った。まだあどけなさの残る顔立ちをしてるが、そのわりに大人びた感じのする少年だ。癖のある髪は燃え立つように赤く、周囲の炎とほとんど見分けがつかねえ。俺と同じ紅玉ルビーの瞳はぎらぎら輝き、今にも火を噴きそう。時々周囲に目をやって、いら立たしげに舌を鳴らすんだが、その響きはどことなく、薪が爆ぜる音を思わせた。


「ねぎらいのお言葉、恐悦至極に存じます――〈大地を焦がす王〉、真紅なる火の神メラルカ様」

「メラルカ様、ですって?」


 サーラが目を丸くする。

 メラルカと言えば、太陽神リュファトの命を受け、神授の武器をつくった火の神じゃねえか。ついでに言うなら俺の故郷、イグニッサ王国で昔から崇拝されてる神でもあるな。


「本当に、あのメラルカなのか……?」


 驚く俺たちに背を向けて、カリコー・ルカリコンは両手で〈焼魔の杖メラルテイン〉を捧げ持ち、頭上の神に差し出した。


「さあ我が主よ、私が貴方様のために手に入れました神授の武器も、これにて五つ目。どうか、ご嘉納くださいますよう……」

「いや――それはしばらく、キミの手にゆだねておくよ。以前キミがボクに捧げた、例の指輪と同じようにね」

「なんと?」

「キミは今まで、ボクのためにずいぶん骨を折ってくれたからね。そろそろほうびが欲しい頃だろう? 以前手に入れたあの指輪とあわせて、上手く使いなよ」

「おぉおぉ、ありがたき幸せにございます……!」


 感極まった様子の魔法使いを満足そうに見下ろして、火の神は唇の端をつり上げた。


「神授の武器は、地上の種族なんかには過ぎた玩具おもちゃなんだ。だから、一つ残らずボクの手中に取り戻さなきゃならない。もちろん、リュファトの馬鹿には内緒で、こっそりと――ね。そのあたりのこと、ちゃんとわかってるかい?」

「無論。心得ておりますとも、我が主よ」

「うんうん、キミはいい子だね、ルカリコン。犬みたいに忠実だし、それにとっても従順だ。これからの働きにも期待してるよ?」

「お任せください。このカリコー・ルカリコン、必ずやすべての神授の武器を手に入れ、貴方様に捧げてみせましょう」


 二人のやり取りを聞いてるうちに、俺は自分が大きな思い違いをしてたことに気づいた。俺は今まで、カリコー・ルカリコンが時々口にする「我が主」ってのが、姫さんのことだと思ってた。多分、デュラムやサーラも同様だろう。けど、そいつは俺たちの勘違い。あいつの本当の主は、奴が魔法を使うときに呼びかける神――炎の王メラルカだったんだ。

 正直、にわかにゃ信じがたい。けど、目の前で起こってることを見る限り、そうとしか考えられねえ……。

 俺が思考を走らせてる間に、神と魔法使いは話を済ませたようだ。


「じゃあルカリコン、早速だけどその杖、使ってみなよ。使い方はこの前教えた通りだからさ。まさか、忘れてないよね?」

「もちろんですとも」

「そう。じゃあ、ボクはこれで、失礼させてもらうよ」

「なんと、もう行ってしまわれるので?」

「うん、ここはあまり居心地がよくないからね。なんだか、その……すごく寒いんだ」

「残念ですね。貴方様のしもべが獲物を屠る様を、ぜひともご覧いただきたいのですが」

「それはまた、別の機会にさせてもらうよ。それじゃあ、あとは任せたからね」


 周囲で燃え盛る炎もろとも、神はふっと姿を消した。ろうそくの火を吹き消して、闇の中に姿をくらますように。


「――では殿下」


 魔法使いが振り返り、ドラゴンの背中から、こっちを傲然と見下ろした。


「この杖に秘められた魔法の力、今からたっぷりとお見せしましょう!」

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