第44話 くっ、殺せ!

冥王ヴァハルの臣下になりたくなけりゃ、おとなしくしてくれ」

「くっ……こ、殺せっ!」


 姫さんが、俺の下であがきながら、とどめを求めてくる。


異国人とつくにびとからはずかしめを受けるくらいなら、死んだ方がましだっ!」

「は……はずかしめ?」


 その一語を反芻して、自分が今、とんでもねえことをしてるのに気づいた。

 床の上を転がるうちに狼の毛皮が脱げたようで、今は水着同然の革鎧しか着てねえ姫さん。その上にまたがって、左右の手首を乱暴に押さえつけてる俺。この構図は、まるで――。


「う、うぅわああああっ!」


 情けねえ悲鳴を上げて、俺は姫さんの上から飛びのいた。首を振り振り両手も振って、どうにか弁解しようと努める。


「ち、ちちち違う、誤解だ誤解! 俺は、そんなこたぁしねえよ!」


 いくらきれいだからって、恋人でもねえ女の子に、そんな無礼ができるかってんだ。


「嘘をつけ、異国人とつくにびとどもの考えることは皆同じだっ! 度々我が国に攻めてきては男を殺し、女を犯すっ! お前も奴らと同じ洞穴のドラゴンだろう、異国人とつくにびとっ!」

「ちーがーうっての、そりゃ偏見だ! 太陽神リュファトにかけて、あんたを辱めたりなんかしねえ!」

異国人とつくにびとの言葉など、誰が信じるものかっ!」

「なんでだよ! あんた異国人とつくにびとが嫌いみてえだが、それを言うならリアルナさんだって異国の人じゃねえか。なのに、なんであの人のことは信用して、賓客扱いなんかしてるんだよ!」

「リアルナ殿は高貴な方、異国人とつくにびとと言えども礼儀を尽くすべき相手だっ! どこの馬の骨とも知れないお前とは身分が違うっ!」

「なんだよそれ! 身分の高い低いで信用できるかどうかを決めるなんて、おかしいじゃねえ

か!」

「身分だけではないぞ、お前のその格好っ! 白昼堂々、人前で腹を見せる露出狂の言葉など、誰が信じるかっ!」

「ろ、露出狂って……あんた、自分の格好棚に上げて、よくそんなことが言えるな……」


 なんだか、話がどんどん脇道へそれてるような気がする。俺はこの姫さんに、聞きてえことがあるだけなのに。

 どうにかそれをわかってもらおうと試みるが、フォレストラ王国の王女様は聞く耳持たず、ひたすら勘違いの一本道を突っ走る。


「さあ、これ以上話したところで時間の無駄だっ! 殺すなら殺せ、異国人とつくにびとっ!」


 しなやかな四肢を床に投げ出し、大の字になって、俺からぷいっと顔を背ける姫さん。

 ったく、まいったな。どうすりゃ信じてもらえるんだか……。

 そこでふと、俺の脳裏を疑問がよぎった。そう言えば、あいつは――カリコー・ルカリコンは? さっき戦車から降りた後、奴はどこへ行ったんだ?

 姫さんを放って立ち上がり、周囲を見回してみるが、魔法使いの影すら見つからねえ。


「まさかあの野郎、逃げたんじゃねえだろうな……?」


 もしそうなら、すぐにでも後を追いかけて、あいつの首根っこを押さえてやりてえ。けど、その前に――。

 俺は、いまだに床の上で大の字になってる姫さんの両手をつかみ、


「うりゃ!」


 と一声。左右の腕に力を込めて、姫さんの上半身を引っ張り起こす。それから、すぐそばに落ちてた狼皮の外套マントを拾い上げ、


「ほらこれ! その……さっさと着てくれよ!」


 そう言って、フォレストラ王国の王女様に差し出した。

 ここは地の底、冥界に近い場所だけあって、空気が冷たい。あんな裸も同然の格好でいちゃ、風邪引いちまう。俺だって、その……何か着てもらわねえことにゃ、目のやり場に困るしな。


「お、お前……?」


 てっきりはずかしめられるとばかり思ってたのか、目をぱちくりさせる王女様。

 よかった。とりあえず、落ち着いてくれたみてえだ。


「姫さん、あんたに聞きてえことがある。あんたとあの魔法使いの関係について教えてくれ」

「……? なぜそんなことを知りたがる?」

「俺にとっちゃ大事なことなんだ。あんたが奴の主だってのは、本当なのか?」


 姫さんは狼の毛皮にくるまると、いぶかしげに俺を見た。それから、ちょっと逡巡する様子を見せた後で、こくりとうなずく。


「カリコーは、私の腹心だ。三年前から、我がフォレストラ王家の宮廷魔法使いとして、私を支えてくれている」

「三年前から?」


 それは……あいつが親父を裏切って、行方をくらませた頃からってことだよな。


「じゃあそれまで、奴がどこで何をしてたのかは、知らねえのか?」

「イグニッサという小国から来たとは聞いているが、それ以上のことは……」

「太陽神リュファトにかけて、そりゃ本当か?」

「森の神ガレッセオにかけて、真実だっ!」


 おかしいぜ。あいつがフォレストラ王国の差し金で親父を殺したんなら、奴はそれ以前からこの国の王家に仕えてるはずじゃねえか? 一体、どういうことだ?

 そんな疑問を抱いた、まさにそのとき。


「――私をお探しですかな、殿下?」


 大広間の奥から、声が聞こえてきた。しかも、かなり高いところから降ってきたような気がするぜ。

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