第43話 一騎打ち

「デュラム、槍を貸してくれ!」

「貴様、いきなり何を言い出す? 何か策でもあるのか?」

「説明してたら、姫さんに悟られちまう。いいから早く――頼む!」


 デュラムは俺と槍を交互に見比べ、ちょいと考える様子を見せた。二つを天秤てんびんにかけりゃ、どっちが下がるか思案してる――そんな感じの表情だ。

 しばらくして、デュラムは再び口を開いたが、答えは冷ややかなもんだった。


「この槍は、信用――いや、信頼できる妖精エルフにしか貸したことはない。ましてや、人間に貸し与えたことなど皆無なのだ」

「……じゃあ、俺は駄目か」


 すげなく断られて、ちくりと胸が痛んだが、仕方ねえかと気を取り直す。

 信用、信頼がどうのこうのって以前に、俺は人間。妖精エルフじゃねえからな。


「わかった。無理な相談をしてすまねえ。別の方法を考える……って、あれ?」


 苦笑いしようとした俺の前に、ずいっと差し出されたものがある。槍だ――デュラムの槍!


「何をするつもりか知らんが、今は貴様を信じてやる。だが、壊せばただでは済まさんぞ? 森の神ガレッセオ風神ヒューリオスにかけて、忘れるな」


 妖精エルフの美青年は、そう念を押して、槍を押しつけてくる。相変わらずのすまし顔だが、その目は真剣そのものだ。俺に槍を握らせる奴の手にゃ、痛いくらいの力がこもってた。

 この槍……こいつにとっちゃ、そんなに大事なもんなのか。


「デュラム……」


 俺は槍と、その持ち主を交互に見て、それから「へっ」と破顔した。上辺だけのつくり笑いなんかじゃねえ。本心から出たもんだって確信できる、本物の笑みだった。


「――ああ。太陽神リュファトにかけて、無傷で返す。約束するぜ」


 とは言ったものの、実はちょいとばかり乱暴な使い方をするんだけどな……。

 二輪戦車チャリオットが大広間の奥、ドラゴンの手前で大きく半円を描き、反転ターンしてきた。

 あの二輪戦車チャリオット速度スピードが出る代わりに、小回りは利かねえようだ。

 カリコー・ルカリコンが、左手で手綱をさばきながら、右手で杖を構える。


「〈大地を焦がす王〉、真紅なる火の神メラルカ様! 不肖私めにお力ぞえを!」


 まずい……外でひどい目に遭わされた火の玉が来る。あの魔法の炎をくらうと、厄介だ。


「うおっと!」

「ほう? どこまで避けられるか、見物ですな」

「避けきってやるぜ、どこまでも!」


 二度、三度と飛んでくる炎の球を、左右に飛んで避ける、避ける。

 魔法使いがさらに火球を放とうとすると、姫さんが奴の杖を叩き落とした。


「手を出すな、カリコーっ!」


 びくりと身をすくめる魔法使いに、厳しい口調で命じる姫さん。


「お前は手綱を握っていればいい、奴らは私の獲物だっ!」

「わ、私としたことが、出すぎたことをいたしました。どうかお許しを……!」


 昨夜は三頭犬ケルベロスに主人面をしてた魔法使いだが、姫さんにゃ頭が上がらねえようだ。あの様子だと、やっぱり――あいつが時々口にする「我が主」ってのは姫さんのことで、あの人こそがカリコー・ルカリコンの黒幕なのか。

 それを確かめるためにも、姫さんを戦車から引きずり降ろさねえとな。

 俺はデュラムの槍を手に、床を蹴って走り出した。突っ込んでくる、二輪戦車チャリオットに向かって。


「来やがれ姫さん、一騎打ちだ! 轢けるもんなら轢いてみやがれ!」


 走りながら、挑戦の声を上げる。これでも元王子だから、こういうときの礼儀は心得てる。


「さっさと逃げればいいものを、力の差がわからないのか、小人ドワーフの斧めっ! だが、その意気や好しっ! 望み通り、正面から叩き潰してくれるっ!」


 姫さんが、魔法使いから手綱をひったくる。


「カリコー、一対一の勝負だっ! お前は降りて待っていろっ!」

「しかしフェイナ様、それでは――」

「主の命令が聞けないのか、さっさと降りろっ!」

「……! お、おおせのままに。どうか、ご武運を……」


 魔法使いが、二輪戦車チャリオットから降りた。途端に二匹の狼が目を輝かせ、戦車の速度がぐんと跳ね上がる。

 あの二匹、姫さんが御者ぎょしゃじゃねえと嫌だったんだな。

 こっちも負けちゃいられねえ。俊足の風神ヒューリオスに加護を願いつつ、ぐんぐん速度を上げていく。気分は雷神ゴドロムを讃える競技の祭典に出場する、槍投げの選手だ。

 ……槍投げ? いや、違うな。長柄の武器にゃ、投げる以外にも使い道がある。そいつを今から、あの姫さんに教えてやるぜ。


冥王ヴァハルの許へ逝け、異国人とつくにびとっ!」


 俺と姫さん、双方の距離が急速に狭まる。二輪戦車チャリオットはもう目の前、こっちの速度スピードも充分だ。

 よし――いくか。


「――うおりゃあああああっ!」


 槍を床の割れ目に突き刺し、柄をしっかり握ったまま――跳躍ジャンプ! 勢いと脚のばね、それに槍のしなりを利用して、体を空中へと跳ね上げる。二匹の狼飛び越えて、車上の姫さんに肉薄できる高さまで。

 棒高跳び……いや、槍高飛びだぜ!


「な……何ぃいっ!」


 さすがの姫さんも、これにゃびっくり仰天、大慌て。だが、今さらあたふたしたって手遅れだぜ。そんな小回りの利かねえ二輪戦車チャリオットじゃ、避けるのは無理だろう。


「くらえよ、姫さん!」


 狼狽する姫さんに飛びかかり、肩をしたたか蹴っ飛ばす。


「――っ!」

「どわっ、わわわっ!」


 俺がいきなり飛び込んだせいで、均衡バランスを崩したらしい。二輪戦車チャリオットは大きく傾ぎ――ドンガラガッシャーン! 騒々しい音を立てて、横倒しに。

 俺は姫さん共々戦車から投げ出され、もつれ合いつつ床の上を転がった。俺が上になれば姫さんは下になり、姫さんが上になりゃ俺は下になる。しばらくごろんごろんと転がり続け……俺が上になったところで、ようやく止まる。


「戦いの神ウォーロにかけて、勝負ありだぜ!」


 俺は馬乗りになって姫さんの動きを封じつつ、勝利を宣言した。

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