第42話 姫さんと対決だ!

 予想的中! ほどなく大広間に駆け込んできたのは、二匹の狼だった。息なんか切らして、少々お疲れみてえだ。その後に、姫さんと魔法使いを乗せた戦車が続く。


「今頃到着かよ。ずいぶんのんびりじゃねえか」

「分かれ道で、あたしたちとは違うルートを選んだんじゃないかしら? 罠や仕掛けが少ない分、遠回りになっちゃう道とか、狭くて戦車なんかに乗ってちゃ進みにくい道とか……」

「ああ、なるほど」


 それで俺たちが、追い抜いちまったってわけか。

 ここまで来る間に二輪戦車チャリオットを御すのが面倒になったのか、姫さんはカリコー・ルカリコンに手綱をゆだね、自分は武器を手にしてた。長さが使い手の背丈ほどもある弓だ。矢は背負った筒に、ぎっしりと詰まってる様子。


「おのれ異国人とつくにびとっ! まさか私とカリコーを追い越し、先にここまで来ていたとはっ! 我が方の戦士たちは何をやっているっ!」


 車上で狼の毛皮をはためかせ、怒りもあらわに吐き捨てる姫さん。その傍らで、魔法使いがなだめるような猫なで声を出す。


「まあまあ、フェイナ様」


 親父の仇は、手綱を引いて狼たちを止めながら、俺たちになめるような視線を向けてきた。まずデュラム、次にサーラ、最後に俺をじっと見る。


「……青外套マントの剣士殿が見当たりませんな。おそらくあの方が入り口に陣取り、足止めをしているのではないかと」

「そういうことかっ! お前たち、ここまで来たということは、それなりの覚悟はできているのだろうっ! 三人とも、私自ら手討ちにしてくれるっ!」


 姫さんが、矢筒から一矢を引き抜き、弓につがえた。大の男でも引けるかどうか怪しい大弓を、軽々と引き絞る。

 話し合いの余地は、なさそうだ。


「森の神ガレッセオにかけて、我が矢をくらえっ!」


 姫さん、俺に狙いを定めてまず一射。弓弦がうなって風が泣く。


「太陽神リュファトにかけて、お断りだぜ!」


 ヒョウッと飛んできた矢を、俺は剣で弾いた。


「おおっと――おっと!」


 立て続けに飛来した二本目、三本目も、一本目同様叩き落とす。


「へっ、どうだ!」


 こう見えても、剣術にゃ自信があるんだ。これくらいの芸当、朝飯前だぜ。

 もっとも……今日はもう、朝飯食べた後なんだがな。


「ふざけるなっ!」


 シュドドドドドッ! 姫さん、いきなり大激怒! 立て続けに弓弦を鳴らし、弓術の常識を馬鹿にした連射を披露する。


「ど、どわあああああっ?」


 自分の目を疑いたくなるような速射だった。あの二輪戦車チャリオットの上だけ、時間の流れが速くなってるんじゃねえか――そんなことを考えちまうくらい、矢を射る速さが尋常じゃねえ。一の矢が放たれたかと思えば、次の瞬間にはもう二の矢が弓弦を離れ、三の矢がつがえられてる――そんな異常な速さで矢が放たれ、次々とこっちへ飛んでくる。おかげで俺の足下は、瞬く間に針のむしろと化した。飛びのくのが遅れてりゃ、俺自身が針ねずみになってただろう。


「あ、こら、ちょっと待て、待ってくれ――うぅわわわわわわっ!」

「そらそら、踊れっ! 私を愉しませろ、異国人とつくにびとっ!」


 シュバババババッ! 矢継ぎ早に弓を引きつつ、姫さんが高笑いする。なんだか王女様っていうより女王様みてえな人だぜ。鞭とろうそくを持たせたら、よく似合うかもしれねえ。


「どうだ異国人とつくにびと? 私の力は神々の賜物、魔法にも等しい天賦の才だっ! 人間ごときに太刀打ちできるものではないぞっ!」


 ズバンと威勢よく一矢を放ち、豪語する姫さん。


「ならば――メリック、下がっていろ! サーラさんも後ろへ、早く!」


 デュラムが前に進み出た。一声気合を入れるなり、槍を竜巻みてえにぶん回し、降り注ぐ矢の雨をしのぐ。飛んでくる矢を槍の回転に巻き込んで、まるで小枝を手折るようにへし折っていく。これまた並の人間にゃ真似できねえ、魔法じみた妖精エルフの槍術だ。


「ちょこざいな! そんな小手先の技で、私の矢を防ぎきれると思うなっ!」

「ならば試してみるか? フォレストラの〈狼姫〉」

「望むところだっ!」


 矢を絶え間なく射る姫さん、槍をひたすら回転させる妖精エルフ。双方一歩も退かねえ大攻防だ。

 手に汗握る攻防の末、勝負を司る軍神ウォーロは、デュラムの頭上に両刃の戦斧を上げた。矢筒の中身が少なくなってきたことに焦りを感じたのか、姫さんが弓を引く手を止めたんだ。


「ふん……人間には無理でも、妖精エルフには太刀打ちできるようだな」

「い、忌々しい妖精エルフめっ! よくも小賢しい真似をしてくれたなっ!」


 きれいな白皙の顔を紅潮させて、怒りの声を上げる姫さん。負けず嫌いな性格らしく、車上でしきりに地団駄踏んで悔しがる。


「フェイナ様、あまり強く足踏みしますと、二輪戦車チャリオットの底が……」

「うるさいっ! こうなったらカリコー、三人まとめて轢き潰せっ!」

「……おおせのままに。はぃやッ!」


 魔法使いが手綱を操ると、二匹の狼は嫌がるように首を振り、いかにも渋々といった感じで駆け出した。その後に続いて、二輪戦車チャリオットが走り出す。徐々に速度スピードを上げて、こっちへ――。


「来るわ!」

「避けろメリック!」

「言われるまでもねえ!」


 充分引きつけたところで、デュラムは右へ、俺とサーラは左へ飛びのき、二輪戦車チャリオットの突進をかわす。

 戦車と擦れ違った瞬間、親父の仇と目が合った。

 魔法使いの唇がゆっくりとねじれ、嘲笑、あるいは挑発の形になる。

 ――私はここですよ、殿下? れるものなら、殺ってごらんなさい。

 俺にゃ、そう言ってるように見えた。


「あの野郎……!」

「メリック、落ち着いて」


 また怒りがむらむらと込み上げてきたところで、サーラに呼び止められる。


「今近づいても、また返り討ちに遭うだけよ。まずは、あの戦車をどうにかしないと駄目ね」


 それを聞いて、井戸の底から汲み上げた水でもかぶったかのように、頭がすうっと冷えた。

 大きく息を吸って一拍数えた後、ゆっくりと吐き出す。


「……ああ、そうだな」


 外でサーラに引き止められたときは、怒りに任せて無礼なことを言っちまったが、今はこの魔女っ子の言ってることが正しいってわかるくらい、心に余裕がある。


「けど、あの二輪戦車チャリオット、どうすりゃ止められるんだか……」


 何か、利用できそうなもんは落ちてねえかな?

 俺は周囲を見回して……何気なく、デュラムの槍を見た。


「――槍?」


 次の瞬間、雷神ゴドロムが振りかざす稲妻さながら、名案が閃いた。癇癪持ちの雷親父……もとい雷帝が、俺に知恵を授けてくれた。そうとしか思えねえくらい、突然の閃きだった。

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