第41話 お宝の番人
そこから先は、それまで以上に罠や仕掛けが多くて、進むのにはずいぶん骨が折れた。
隠し扉に落とし穴、崩れる階段、つり天井。壁からはさっきみてえに錆びた剣が飛び出し、床からは刃こぼれした槍が飛び出る。とどめとばかりにゴロゴロと、嫌な音を立てて転がってくるのは……やべえ、真ん丸な大岩だ! 早く逃げねえと――だあああああっ!
俺たちは、そういった障害を乗り越えて、先へ先へと進んだ。三人で、助け合いながら。
落とし穴に落ちかけたサーラの腕を、デュラムがさっと引っつかむ。
つり天井の下へ足を踏み出しかけた俺の襟首を、サーラがつかんで引っぱり……むぎゅう! く、苦しい!
足取りは、さっきまでと比べりゃ軽い軽い。剣を持つ手も楽々上がる。デュラムやサーラと話して、幾分心が晴れたからだろうな。
もちろん、悩みがすべて解決したわけじゃねえ。これからのこともあるし、外に一人残ったおっさんのことだって気がかりだ。それに、いくつか気になる疑問がある。
一つは、三年前のあの日以来、ずっと不思議に思ってたんだが――どうしてカリコー・ルカリコンが親父を裏切ったのかってことだ。
「あなたのお父さんと、あの魔法使いの間に、いさかいとかはなかったの? お父さんのお客に、魔法使いが腐った魚料理を出して、それでお父さんがぷんぷん怒っちゃったとか」
「なんだそりゃ? 俺が記憶してる限り、そんなことはなかったぜ?」
サーラの問に、俺は首を振って答えた。
「親父はあいつのことを信頼してたし、あいつも親父に誠心誠意尽くしてた……ように見えた。だから、いさかいなんかが原因とは思えねえな」
それともう一つ、腑に落ちねえことは――なんであいつがあの姫さん、ウルフェイナ王女の腹心になってるんだ? 一国の王を裏切って雲隠れした奴が、三年後にゃ早くも他国の王族に信頼されてるなんて、世の中一体どうなってるんだよ?
この疑問をデュラムにぶつけてみると、こんな答えが返ってきた。
「あの魔法使いは、元々フォレストラの回し者だった。そう考えれば、つじつまが合うのではないか?」
「うーん、やっぱりそうなのか?」
俺の故郷、イグニッサは小国だが、親父が王位について以来、隣の大帝国サンドレオと誼を結んだりして、少しずつ力をつけてたからな。今はちっぽけな国でも、十年二十年後にゃどうなってるかわからねえ――そう考えたフォレストラが、イグニッサに刺客を送り込み、親父に取り入らせた。そして、奴が親父の信頼を得たところで、裏切らせたのかもしれねえ。
だとすると、あの姫さん――ウルフェイナ王女も、親父の死に一枚噛んでる可能性があるな。それどころか、あの人がカリコー・ルカリコンの黒幕なのかも……?
そんなことを考えてるうちに、俺たちはとうとうたどり着いた。〈樹海宮〉の最も奥、お宝が眠ってるはずの場所だ。姫さんと魔法使いがいるとしたら、ここだろう。
そこは、壮麗な広間だった。今まで通ってきた廊下や階段、部屋と同じ石造りだが、広さは桁違い。無駄に思えるくらいだだっ広くて、叫べば木霊しそうだ。
ただ広いだけじゃねえ。松明を掲げて周囲の闇を追い払ってみると、壁や天井は神話伝説を題材とする
大地の女神トゥポラによる人間の創造。稲妻を振り上げる雷神ゴドロムと、銛を振りかざす海神ザバダの権力争い。軍神ウォーロの冒険譚や武勇伝。森の神ガレッセオと水の女神チャパシャの
他にも、神話や伝説のいろんな場面が、びっしりと彫り込まれてる。まるで、空白を恐れるかのように。
「うわ、すげえところに――うぷ!」
歓声を上げかけた俺の口を、デュラムが塞ぐ。
「大声を出すな、メリック」
と、
「もう、馬鹿。あれに気づかれたらどうするのよ?」
「あれってなんだよ……げっ!」
魔女っ子が指差す先を見やって、ぎょっとした。お宝に目を奪われてて気づかなかったが、大広間の奥――暗がりの中に、何かとんでもなくでっかいもんが居座ってる。
外で翼を広げりゃ、太陽を隠しちまいそうな巨体。木の枝みてえに細い前脚と、幹のように太い後ろ脚。腹以外の全身を覆う、鎖かたびらそっくりの鱗。頭にゃ二本の湾曲した角が生えてる。
……そう。太古の昔から悪名をはせ、神々や英雄たちと戦ってきた魔物の王、
「まさか、
「あたしたち冒険者にとってはおなじみの魔物だけど、あんなに大きな
確かに、神代の天を飛翔するにふさわしい大きさだ。こいつと比べりゃ、今の空を飛んでる竜たちなんざ、翼の生えた蜥蜴に見えちまう。
多分、お宝を守る最後の番人として、この大広間に閉じ込められたんだろう。
たとえば……大小様々な金貨に銀貨。
山と積まれた、色とりどりの宝石。
俺も人間だ。これだけの金銀宝石を見りゃ、胸が高鳴る、心が躍る。一瞬、お宝に駆け寄りてえって衝動に駆られたが、ぐっと抑えた。
迂闊に近づいちゃ危ねえ。あの
念のため剣を抜いて、ゆっくりと近づく。デュラムとサーラも、それぞれ槍と杖を構えて、俺の後に続く。
抜き足、差し足、忍び足。気づかれねえようこっそりと、見つからねえようひっそりと♪
その昔、知恵の女神クレネから
足音立てずにまず一歩、息を殺してもう一歩。三歩四歩と進んだら、気配を消して五歩六歩。
急ぐな、焦るな、慌てるな♪ 急いてはことを仕損じる……。
「あら? ちょっと、あの
「へ?」
本当だ。あいつ、とぐろを巻いておねんねしてるじゃねえか。グースカいびきなんかかいて、ちょっとかわいいぞ。まあ、一度目を覚ませば、魔物の本性をむき出しにするんだろうけどさ。
「……ああ、なるほどね。これを見て」
足下を見て、サーラが何か気づいたようだ。床に目を向けてみると――ところどころ、お宝に埋もれててわかりにくいが、何か彫り込まれてる。
「こいつは……魔法陣だな」
「宝物に気を取られて、この陣の中に一歩でも踏み込めば、眠りの魔法が解けて
「じゃあ、踏み込まなきゃ安全ってわけだな」
触らぬ神にたたりなし、起こさぬ竜に危険なし。こいつは、そっと寝かせておくのが吉だな。
「ところで、姫さんはどこだ? それに、あの野郎……カリー・ルカリコンは?」
二人を探しつつ、
そのとき、大広間の入り口から、車輪が回転する音と一緒に、獣の雄叫びが聞こえてきた。
「「「……!」」」
無言で視線を交わし、うなずき合う俺たち。それぞれの武器を持つ手に、ぐっと力が入る。
間違いねえ。どんどん近づいてくる、あの雄叫びは……。
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