第36話 ここは私が引き受けよう

「ま――待ちやがれ、あちちちちッ!」

「メリック! 大変……!」


 サーラが杖を構え、女神の名をつぶやく。


「〈大地を潤す女王〉、水の女神チャパシャ様。あたしに力をお貸しください……!」


 途端に青い輝きを放つサーラの杖。その先端から飛沫を上げて水が噴き出し、俺の腕にぶち当たる。それでようやく、火は消えた。


「メリック、大丈夫?」

「つぅッ……! なんとかな。そう言えばお前、こんな魔法も使えるんだったな」

「え? ええ――まあ、ね」


 いつものサーラなら「ふふーん♪ すごいでしょう?」とか言いつつ、得意げに目配せウィンクしてみせるところだ。おまけに「えっへん♪」って胸を張るかもしれねえ。

 だが、魔女っ子は困惑したような表情を浮かべて、こっちを上目遣いに見上げてくるばかり。やっぱり、さっきのことを気にしてるらしい。

 これは……ちゃんとわびねえとな。


「サーラ、さっきは怒鳴ったりして――」

「メリッ君!」

「逃がすな! 追え、追え!」


 ……神々は、俺にわびる時間さえ与えちゃくれねえのか。追いすがる戦士たちを引き連れて、おっさんが駆けてきた。俺たちの前まで来たところで、突然くるりときびすを返し、


「ぬぅりゃあああッ!」


 と大音声。傍らに立つ森の神ガレッセオの像に、剣を一閃させる。石像の腰に一本、金色の斜線が走ったかと思えば――ずるり! 像の上半分が線に沿って斜めに滑り、床に落ちて砕け散る。


「い、石の彫像を、真っ二つにしただと?」


 おっさんを追ってきた戦士たちが立ち止まり、たじたじと後ずさる。悲鳴に近い叫び声が、あちこちで上がった。


「面妖な……!」

「おのれ、なんという力」

「魔法だぞ――魔法の剣だ!」


 おっさんの剣は昨夜と同様、黄金の光を放ち、陽炎をゆらめかせてる。

 まさに魔剣だ。燦然と輝く灼熱の刃で、石をも焼き切る魔法の剣。

 たじろぐ戦士たちには目もくれず、おっさんは俺たちの方へと向き直った。


「――ここは私が引き受けよう。君たちは〈樹海宮〉に入り、ウルフェイナ王女と、赤長衣ローブの魔法使い君を追いたまえ」

「な……! 馬鹿言わねえでくれ、そんなことできるかよ!」

「君には彼を追う理由がある。先程、君が彼に斬りかかったことから察するに、何か恨みでもあるのだろう?」


 どうやらおっさん、戦いながら、俺と魔法使いのやり取りを見てたらしい。

 無言でうなずいてみせると、おっさんは「ふむ、やはりそうか」と顎鬚をなでた。


「ならば行きたまえ。君たちもだ、妖精君とお嬢さん」

「本当に、いいの?」


 と、魔女っ子がためらいがちにたずねる。やっぱりこいつも、おっさん一人をここに残していくことには抵抗を感じてるようだ。


「敵はあなたの奥さんも含めて、まだ三十人以上いるわ。いくらあなたでも、苦戦は必至だと思うけど……」


「三十人を、たった一人で迎え撃つ。素晴らしい冒険ではないか。これを避けてはおとこがすたるというものだよ」


 煙管パイプでもくゆらせながら話してるかのような、いつものゆったりとした口調で、おっさんは答えた。そこには緊張感のかけらもねえ。どんなときでも悠然と構えてる、大人の口調だ。


「さあ、急ぎたまえ。ウルフェイナ王女は、私や君たちを捕らえよと命じはしたが、殺せとは命じておらん。だから、私のことは心配無用だ」

「――行くぞ」


 ためらう俺の手を、デュラムが取った。


「デュラム、お前……」

「あの男が『行け』と言っているのだ。ここは言う通りにするべきだろう」


 口調こそ淡々としたもんだが、妖精エルフの端整なすまし顔にゃ、かすかに苦渋の色がにじんでる。こいつだって、なんのためらいもないわけじゃねえんだろう。


「…………そう、だな」


 俺は迷いを振り切り、おっさんに言った。


軍神ウォーロの加護が、あんたにあらんことを」


 この場に置いていこうとしてる相手にこんなことを言うなんざ、偽善以外のなんでもねえ。けど……そうだとわかっちゃいても、神に祈らずにゃいられなかったんだ。

 この人を、死なせねえでくれって。


「君たちにもな!」


 おっさんは、魔法の剣を掲げてそう答え、そのまま猛然と走り出す。


「ソランスカイアの神々にかけて、ここは通さん!」


 傲慢な女王率いる軍勢に、たった一人で立ち向かった伝説の大英雄さながら、姫さん配下の戦士たちに斬りかかっていく。

 武運を祈るぜ、おっさん……。



     ◆



 まったく、この子ときたら。わたくしに逆らうなんて、一体どういうつもりですの?

 それにしても……まあ、なんてこと! アステルの相手をしている間に、フランメリック様たちに逃げられてしまったじゃないですの。あの方たちにお亡くなりになっていただこうと、ウルフェイナ様に嘘までつきましたのに。

 ああ、忌々しいですわね。こうなったら、アステルと……主人に八つ当たりさせていただきますわ。

 幸い主人は今、戦士の皆様との戦いに夢中で、わたくしが背後に迫っていることに気づいていないようですし。

 これはもう、後ろからばっさり斬って差し上げるしかありませんわね。

 ええ。それはもう、ばっさりと!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る