第1話 目覚めたら、森の中

 風のささやき、木の葉のざわめきが聞こえる。

 どうやら、また夢を見てたようだ。三年前の、あの日の夢を。


「……メリック。おい、メリック」


 なんだ? 誰かの声が聞こえるぜ。のどを押さえて出してるような低い声だ。


「いつまで寝ているつもりだ? さっさと起きろ」


 ったく、誰だよ? 目が覚めたばかりなもんで、頭がぼーっとしてて思い出せねえや。


「起きないのなら、こうするまでだ」


 げしっ。あっ、蹴りやがったな無礼者。親父にも蹴られたことねえのに! ……まあ、殴られたことなら、あるけどさ。

 このまま寝てちゃ、二度三度と蹴られそうな気がするぜ。そろそろ起きるとするか。

 ……ああ、そうそう。俺はフランメリック、略してメリックだ。職業は冒険野郎……もとい冒険者。旅をしながら、賞金首の魔物を退治したり、遺跡でお宝を探したりしてる。昼はそういった冒険に打ち込み、夜は宿に泊まるか野宿をして過ごす――そんな生活初めてから、もう三年になる。

 ちなみに、この職につく前は……。


「まだ起きないつもりか、ならばもう一撃」


 おおっと、そう何度も蹴らせてやるかってんだ!

 ごろりと横に転がって、蹴りをかわした。


「ったく……痛いじゃねえか」


 と、抗議しながら身を起こす。立ち上がって、いつも着てる茶色い革鎧の乱れを直した。

 さわやかな朝風が、櫛を入れてもすぐ反り返っちまう黒髪を揺らし、むき出しの腹をなでる。風に乗ってきた樹木の香り、苔と腐葉土の臭いが鼻をくすぐった。

 紅玉ルビーの瞳でまわりを見ると、目に映ったのは朝日が差し込む森の風景。生い茂る木々の枝葉や下草に降りた朝露が、太陽の光を浴びてきらめいてる。

 前、右、左と見て、最後に後ろを振り返ると――大樹を背にして腕を組み、俺を見つめる男がいた。


「ふん……やっと起きたか」


 肌にぴったり張りつく黒い革鎧を着込み、白銀の籠手ガントレットと肩当て、脛当てをつけた美青年だ。すらりとした長身、端整な細面。鎖骨にかかり、うなじを隠すさらさらの銀髪。絵筆ですっと引かれたような細い眉と、その下で鋭く光る翠玉エメラルドの瞳。髪の隙間からは槍の穂みてえに尖った耳が、にゅっと突き出してる。こんな耳を持つ美貌の種族と言えば、俺が知ってるところじゃ妖精エルフくらいのもんだ。

 ……うん、頭がはっきりしてきて思い出したぜ。こいつは俺の冒険仲間だ。名前は……。


「えっと……?」


 いけねえ、ど忘れしちまった! こいつの名前、なんだっけ? フェンデュラム……いや、フォンデュラム? 三年近く一緒にいるってのに、忘れるなんて情けねえ。どうにかならねえもんかな、この忘れっぽさ。


「んーっと、確か……フィンデュラム?」

「ウィンデュラムだ。相変わらず鬼人トロール並みの記憶力しかないようだな、貴様は」


 ちぇっ、なんだよ。その他人ひと様を見下したような、偉そうな言い方は。まあ、これ以上粘魔スライムみてえにねちねち言われちゃたまらねえし、ここは素直に謝るべきだろうな。


「わかったわかった、忘れた俺が悪かったよ。大神リュファトにかけて、もう忘れたりしねえって」


 大げさに両手を振って、フェルナース大陸を支配してる神々の王、太陽神リュファトに誓いを立てる俺。すると妖精エルフは、尊大に腕組みをして、小馬鹿にするように鼻を鳴らしやがった。


「ふん……大神にかけてか、まあいいだろう。ところでメリック」

「なんだよウェンデュラム……じゃなくてウォンデュラム?」

「大神への神聖な誓いを、立てたそばから破る奴があるか!」

「あいてっ、いぃてててっ!」


 おいこら、よせ! 今のはわざと言い間違えたんだって。ほっぺたをつねるな、引っ張るな。びよよーんって伸びちまうじゃねえか。


「いへえいへえ、ほら、はなひやはれ!」


 訳すと「いてえ痛え、こら、放しやがれ!」だ。


「あえてもう一度言ってやろう――私はウィンデュラムだ。これで覚えたな?」

「いててて。多分、覚えたぜ」

「それでいい。だが、『多分』は余計だ」

「へいへい。ったく……細かいことを気にするなっての」


 というわけで、こいつはウィンデュラム、通称デュラムだ。俺の冒険仲間その一で、妖精エルフの槍使い。外見こそいいが、中身はと言えば、高慢ちきなすまし屋だ。

 もっとも……単なる気障キザ野郎ってわけじゃねえんだけどさ。

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