18
「チップは其々、10枚だ。参加料は一枚。先攻はお前に譲ってやる」
肝心要の初手。さて、どのカードを取ろうか。自分のガン付けしたカードは全て把握している。其れは勿論、礼も同じ。ならば、いきなりロイヤルストレートフラッシュを作っても意味はない。そんな手を作っても、礼は同じ手を作るか勝負を降りるかしてしまうだけだ。
如何に礼を出し抜き、礼の手を潰せるかだ。
其の為には礼のガン付けしたカードを如何に把握する事が出来るかが重要だ。
俺もそうだが、ガン付けしたカードは匂いの強弱で判断している。だが、お互い常人離れした嗅覚を持っている。単純に強弱だけでは判断、出来ない様にガン付けをしなければならない。ガン付けした匂いの法則に気付かれる事は、相手に全てのカードを把握される事を意味する。
そうなれば、負けだ。
礼の河を見る。礼のガン付けしたカードの内訳は、こうだ。匂いが強いカードが11枚。匂いの弱いカードが11枚。全くガン付けのしていないカードが五枚。
少なくともガン付けしていない五枚に、重要なカードを入れている可能性はない。
J,Q,K,A,10――役札と呼ばれる此のカードはロイヤルストレートフラッシュを作るのに必要だ。其れとジョーカー。少なくとも此れ等のカードは簡単に特定されてはいけない。
「どうした誠慈よ。いきなり、長考か? 初手からそんな事では、俺には勝てんぞ!!」
とにかく、此の段階で悩んでいても仕方ない。
礼のカードを少しでも潰さなければ、話しにならない。
礼のガン付けした匂いの強いカードを五枚、無作為に選んで取った。
取ったカードはスペードの4、スペードの5、スペードの6、ハートのJ、ハートのKのハイカード(役なし)だった。
此れで、礼のロイヤルストレートフラッシュの目を一つ潰す事が出来た。
「ほぅ、なかなか良い引きだな」
当然、礼は自分でガン付けしたのだから、俺の手札は解っている。
礼は俺がガン付けしていない四枚のカードの内、三枚を取ると笑みを溢した。
「ガン付けしていないカードは、俺に取られても良い様にペアで置いていたか」
残り二枚は、自分でガン付けしたカードを取っていた。
「俺は全てカードチェンジだ」
「――――っ!?」
礼の捨てたカードはスペードの3、スペードの2、スペードの2、ハートの2、ハートの2のフォアカードだった。
そして、礼は自分の河のガン付けをしていない五枚のカードとチェンジした。
まさか、本当にガン付けしていないカードにロイヤルストレートフラッシュを仕込んでいたのだろうか。否、只のブラフ(脅し)で在る可能性は捨て切れない。
だが、わざわざ4カードを捨てて其れ以下のカードにするメリットはなかった。
俺は五枚をカードチェンジして、自分の河からカードを五枚、取った。
俺の手札はロイヤルストレートフラッシュ。
負ける可能性は、まずない。
「オールインだ」
静かに告げる。
「何だと?」
「聞こえなかったのか? オールイン(全賭け)だ」
まさか、本当にロイヤルストレートフラッシュだと言うのか。コールしても負けはない。だが、オールインした状態で引き分けになれば、次の勝負にオールインしたチップを持ち越す事になる。
其れは、出来る事ならば避けたい。礼の意図が解らない以上、わざわざこんな無茶な勝負に乗る必要はない。
「ドロップ(降りる)だ。残念だが、あんたの誘いに乗るつもりはない」
「いや、見事に乗ってくれたよ」
礼は手札を広げた。
スペードの7、スペードの8、スペードの9、ハートの2、ハートの3のハイカードだった。
「馬鹿な!?」
本当にブラフ(脅し)だったというのか。俺がもし、コールを宣言していたら、負けていると言うのに礼は何故、此処まで強気に勝負に出れるんだ。
「お前がガン付けをしていないカードを四枚、用意した時点でツーペアを作っていた事は容易に予想できた。恐らくゲームの終盤に、フルハウスか良くてフォアカードでも狙うつもりだったんだろう。其処でお前の河からマーキングをしていないカードを三枚、選びフォアカードを作った。そして、敢えて手札を崩してハイカードにした。思った通りに、お前はロイヤルストレートフラッシュを作ってきた。後はオールインすれば、お前が勝負を降りると確信していた」
完全に手の内を読まれていたと言う訳か。只のハイカード(役なし)で、俺のロイヤルストレートフラッシュを潰しに掛かるなんて、想像していなかった。だが、礼は勘違いをしている。
俺の切り札に全く気付いた素振りはなかった。
此の勝負、場を制しているのは礼ではない。
此の俺だ。
参加料のチップが一枚、礼に渡ったが問題ない。
「次は俺の先攻だ。本気で来なければ、俺には勝てんぞ!!」
礼は俺の河から一枚、自分の河からは四枚のカードを取り出した。
俺は無造作に礼の河からカードを取る事にした。二枚目のカードを手にした瞬間、歌が聞こえた。
百合が歌っているのだ。匂いからも、百合の意図が伝わってきた。
「知ってるかい、兄さん?」
「何を笑っている?」
僅かに、礼の匂いが揺れる。心の匂いは解らないが、体臭が変わった事から警戒が窺える。
警戒した処で遅い。
「人間の脳は、ある周波数の音を聞かされると、催眠状態に陥るんだ」
「だから、何だと言うんだ!?」
発汗。汗の匂いだ。
礼は間違いなく焦っている。
「兄さんの負けだよ」
俺は耳を塞いだ。
其の刹那。
「――Quiii!!」
――Echo the dolphin.(イルカの歌声)
百合が今、歌っている声が正に其れだ。
百合の歌が、人を催眠状態へと導く。百合が歌に込めた想いが、聞く者の闘争心を奪う。
争う事が、馬鹿らしくなるんだ。
此の廃墟は良く音が響く。音が空気に触れ、廃墟中に響いていく。
礼の脳にも、百合の歌に依って命令が行き届いている筈だ。今、此の瞬間――僅か数秒の間だが何者も百合の歌の支配からは抗えない。
予め耳を塞いでいた俺だけが動ける。
立ち上がって、百合と部屋を出る為に扉を開いた。
「動くでない。動くと坊やの頭を撃ち抜くよ!!」
其処にはクズ婆が居た。
「一つ聞きたい。何故、クズ婆が此処に居る?」
「おや、アンタはおかしな事を聞くね。可愛い孫の頼みを断る祖母が此の世に居るのかい?」
言っている意味が良く解らなかった。
「あら、誠慈。知らなかったの? クズ婆はドルフィンの母親。つまり、私達のお婆ちゃんなのよ」
「何だって!?」
美香の言葉が俄に信じ難かった。
「さぁ、勝負を再開して貰おうか」
釈然としなかったが、クズ婆に促されて席に着く。
「今のが、お前の切り札か? 残念だったな」
「さて、其れはどうかな?」
自分の河から三枚、カードを取った。
礼は俺の河からハートの10を取ると自分の河からカードを四枚、取った。
「カードチェンジはなしだ」
俺は現在、作れる中で最強の手を用意した。
「お前は俺の河からハートの4とジョーカーを引いた。そして、自分の河から三枚。内一枚は、ガン付けしていないカード。ハートの3だ。残りの二枚で恐らくストレートフラッシュを作っている筈だ」
「何故、そう思う?」
「お前は此処で俺にロイヤルストレートフラッシュを作らせて、降りるつもりだ。何故なら、次のターンでジョーカーと残りの役札で、ハートのロイヤルストレートフラッシュを作るからだろう?」
「だが、アンタが今回、ロイヤルストレートフラッシュを作らなければ勝てる筈だ」
「作らないとでも思うのか?」
「思うさ。思わせ振りな事を散々、言っておきながらアンタは今回、易い手で俺を降りさせるつもりだ。アンタには、まだスペードのロイヤルストレートフラッシュが在るからな」
同じロイヤルストレートフラッシュなら、スートの強い方が勝つ。ハートよりもスペードの方が強い。
礼は切り札を残したい筈だ。故にロイヤルストレートフラッシュは作らない。
「チェンジだ」
礼は手札を五枚共、捨てた。捨てたカードはハートの6・7・8・9・10のストレートフラッシュだった。
「さぁ、勝負だ」
礼の手はハイカードかロイヤルストレートフラッシュのどちらかだ。だが、此の局面でそんな手は打っては来ない。
此の後の勝負を圧倒的有利に進めたいなら、切り札(ロイヤルストレートフラッシュ)は残して起きたい筈だ。
「オールインだ」
今度は俺が宣言した。さっきとは逆の展開だった。
「随分、強気だな。ロイヤルストレートフラッシュはないと思ったか、誠慈よ。だが、残念だったな」
不敵に笑う礼。
「勝負(コール)だ」
そう宣言すると礼は手札を広げた。其の手はスペードの10・J・Q・K・Aのロイヤルストレートフラッシュだった。
「残念だったな、誠慈。お前は此の局面で、必ず勝負に出ると確信していた。お前の匂いを俺は読んだんだ!!」
本当にロイヤルストレートフラッシュを出して来るなんて……
「――予想通りだ」
「今、何て言った?」
俺の言葉に礼は敏感に反応する。
「今、何て言ったんだ!?」
「予想通りだって言ったんだよ、兄さん」
俺は手札を広げた。
「ば、馬鹿な……っ!!どうして、其のカードが其処に在る!?」
俺の手札はハートの4、ハートの4、スペードの4、ジョーカー、ジョーカーのファイブカードだった。
「俺の勝ちだ。マーキングしていない4枚のカードはツーペアなんかじゃなかったんだよ。兄さんにそう思い込んで貰う様に業と四枚、置いたけどジョーカーを仕込んでおいた」
「馬鹿な!? もし、俺が最初の在の局面で三枚ではなく四枚、取っていたらどうしていたんだ!?」
確かにリスクは高かった。
「俺に取っても大きな賭けだった。けど、兄さんの嗅覚を考えれば、あぁするしかなかった。其処さえ乗り切れば、兄さんの嗅覚を出し抜けると思ったんだ」
リスクは大きいが、勝つ為には其れしかなかった。
「お見事。流石は香元さんだ!!」
突如、横から上がる声。俺も礼も、反射的に振り向く。
其処には、アゲハが居た。
「あ、すみません。どっちも香元さんでしたね」
一体、いつの間に潜入したんだ。何故、此処にアゲハが居る。事態を把握し切れなかった。
「貴様っ!!何故、此処にいる!?」
「此のクズ婆の香を借りて、姿を消していたんですよ。クズ婆と一緒に、こっそり入らせて貰いましたよ」
礼はアゲハに銃口を向けられている為、動けないでいる。俺もクズ婆に銃口を向けられていた。
「見ての通りクズ婆は、僕の能力に依る暗示に掛かっている。今、此の場は僕の手の中に在る」
此の上なく厄介な状況になってきた。
「貴方に聞きたい事が在るわ」
美香がアゲハに銃口を向ける。同時にアゲハも空いている左手で銃口を美香に向ける。
「余り僕を刺激しないで欲しいな。びっくりして、君のお兄さんを撃つ処だったよ」
ゆっくりと美香がアゲハとの距離を詰めている。
「私の母――イルカのクローンを何処に隠したの?」
「さて、何の事か解らないな。其れと、其れ以上は近づかないで欲しいな。本当に撃つよ?」
美香に接近を許すと言う事は、命取りになる。
誰も惚れた相手には抗えないのだから。
「さて、そろそろ彼が来る頃だよ。此処に来る途中、彼の暗示を解いてきた」
「彼……?」
一体、誰の事を言っているんだ。
「彼も又、僕の手の中に在る。邪魔な連中は纏めて全部、始末しないとね」
乱暴に扉が開け放たれる。
其処には、血に塗れたエコーがいた。だが、いつもと様子が違った。其れに、此れはエコーの匂いではなかった。
しかし、信じたくなかった。何故、エコーから奴の匂いがする。
一体、何故。
血にまみれたエコーの顔が冷酷に歪む。
「改めて紹介するよ。彼の名はエコー」
静かにアゲハが言った。
「エコー・ザ・ドルフィンだ」
イルカ 81monster @todomaru
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