12
勝負はエコーの先攻から始まった。クリスは盲目の為、エコーは皆に見える様に、普通にサイコロを振った。賽の目は5だった。
「どないや?」
クリスの様子を伺いながら、エコーが言う。エコーの目がクリスを捉えている。監察しているのだ。勝負を有利に運ぶ為に、エコーは観察している。
「どうやら、6ではない様だな。今回はパスさせて貰おう」
「ふん、なかなか勘のえぇ奴やな」
「一つだけ言っておこう。私は目が見えない分、第六感が強く働いているのか、少し先の未来が見えるんだ。宣言しておく。次の私が出す目は3だ」
クリスを中心に、場が張り詰める。とてつもない威圧感を肌で感じて、全身の神経が急速に逆立つのを感じた。
「ほぅ、なかなか良いプレッシャーの掛け方をするな。だが俺なら、もっとスマートにやる」
どうやら黒部の勝負師としての血が騒ぐのか、彼からもアドレナリンの匂いが感じられた。
「では、賽を振らせて貰うとしようか」
サイコロを振るのと同時にカップの中に入れた。コン、コン、コンと言う音がして、カップの中で賽が止まる。
「香元よ。お前なら、どうする?」
黒部に言われて、俺は少し迷った。
「俺なら、迷わずにパスするな。恐らく、賽の目は奴が宣言した通り3だ」
黒部が言うのなら間違いないのだろう。俺もエコーの立場なら、そうしているだろう。
「どうやら彼、魔女の血を引いてるみたいね」
唐突に美香が言った。
「クリスが、かい?」
「違うわ。エコーの方よ。私と同じ血を引いてるわ。魔女の血縁者よ」
「どうして、そんな事が解るんだ!?」
「感覚よ。何となくだけど、彼からは私と近い物を感じるのよ。理屈じゃない。きっと、私以外には解らない感覚ね」
美香は静かに笑った。美香から、不思議な匂いを感じた。優しさと悲しみを含んだ不思議な匂いだった。
「どうやら彼、仕掛けるみたいね」
声を押し殺して、美香が言った。エコーは未だ、チェックともパスとも言わないでいた。そして、何の宣言もせずに、煙草に火を付けた。
「どうしたのかね?」
不思議に思ったのか、クリスが訊ねる。
「別に。大した意味はないで。其れより、マスター。良く冷えたコーラをくれ!!」
言われた通り、酒場のマスターはコーラを持ってきた。エコーはマスターに五百円硬貨を一枚、渡すとコーラを飲み出した。
「一体、どう言うつもりだ?」
黒部も不思議に思ったのか、静かに訊ねてきた。俺にも、エコーの意図が解らなかった。
エコーはゆっくりと煙草を吸い切ってから、自信満々に呟いた。
「アンタ今、苛ついたやろ? 待っている間、咳払いを二回した後、両目が少し釣り上がった。間違いなく、苛ついた筈やで」
「だから、何だと言うのだ?」
あくまでも冷静さを取り繕いながら、クリスが訊ねる。
「別に、意味はない。今回はパスや」
「賢明な判断だ」
少し口調を荒げて、クリスが言う。カップを開けると、賽の目は3になっていた。
クリスが宣言していた通りだった。だが、賽の目を自由に操れるならば、不思議ではない。賽の目を操れるギャンブラーは、世の中に幾らでもいる。
「どうやら、君は其の目に随分と自信が在る様だな?」
「あぁ。俺の此の目は、誰にも負けへんで」
「ならば、私の千里眼は其の上を行くとしよう。次の君の目は1だ」
「何やって!?」
顔をしかめるエコー。
賽の目を自由に操れると言っても、其れは自分の手だけだ。相手にサイコロを振らせて、賽の目を操るには、グラ賽と呼ばれるイカサマダイスが必要だ。だけど、此の場所はエコーもクリスも初めて来る場所で、サイコロは黒部が用意した物を使用している。だから、クリスにエコーの賽の目を操る事は不可能だった。
だとしたら、只のブラフと言う可能性が高い。
「まぁ、直ぐにハッタリやって、証明したるわ!!」
そう言って、エコーは勢い良くサイコロを振った。
肝心の賽の目は1だった。
場に衝撃が走る。
「悪いけど、アンタの体を調べさせて貰っても良いか?」
なるほど。グラ賽とすり替えた可能性が有る。だが、クリスは堂々としていた。
「良いだろう。好きなだけ、調べると良い」
エコーは気が済むまでクリスの身に付けている物を調べたが、イカサマを証明、出来る物は見付からなかった。念の為、サイコロの方も調べたが、何の変哲もない普通のサイコロだった。
「此れで、私の疑いは晴れたかい?」
「あぁ、疑って悪かったな」
「さぁ、今度は私が賽を投げる番だな。次の私の目は2だ」
クリスは毅然とした態度で賽を投げた。
「パスや!!」
出目は2だった。
どうやら、彼の力は本物の様だった。
「面白くなってきたじゃないか。エコーの目と、クリスの千里眼。果たして、どちらが勝つかな?」
黒部は至って呑気に勝負を見ていた。
事の成り行きを黙って見ている百合が、皆に聞こえない様に耳元で囁いてきた。
「絶対、クリスが勝つよね?」
クリスに死んで欲しくないのは、百合も同じ様だった。
見ると、百合の手が震えていた。不安と悲しみの匂いに溢れている。
「きっと、勝つさ」
俺は百合の手を優しく握った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます