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通された場所は、何かの研究室の様だった。其処に若い男がいた。色白で華奢な体の造りだったが、美しい男だった。何処か百合に似ている。


「貴方が香元さんですね。此処に来るまでに、貴方を試す様な真似をして申し訳ありません。けど、どうしても僕は、貴方達の覚悟の程を知りたかったんです。僕は此処の責任者の篠崎アゲハと言います」


「篠崎……?」


「僕は篠崎百合の弟なんです」


其の言葉を聞いた瞬間、頭の血液が沸騰した。


気が付いた時にはアゲハの襟首を掴み上げて、罵声を浴びせていた。


「お前は篠崎義則を匿っていたんじゃないのか。なのに何故、彼は在の夜、ギャンブルなんかをしていたんだ。ドルフィンの所為で百合が死んだのに、お前はどうして、こんな所の責任者なんかをやっている!?」


「おい、落ち着けよ」


「香元さん、苦しいです……」


言われて、我を取り戻す。


「済まない。だが、事情を聞かせてくれないか?」


「実は在の時、僕と父さんはドルフィンに捕まってしまったんです」


「何だって!?」


「僕は遺伝子の研究を行っていたんですが、以前に成長を促進するDNAを発見したんです。ドルフィンは、僕にクローンの成長を早める装置を作れと強要してきました。出来なければ、父さんを殺すと脅されて、仕方なかったんです」


不思議とアゲハからは匂いが余り感じられなかったが、嘘を付いている様には見えなかった。彼も姉を失ったんだ。傷付いているのは俺だけじゃないって事を、今更になって気付かされた。


「ドルフィンは当初、自分のクローンに人格転移をしようと考えていました。僕にクローンの成長を早める装置を作らせたのも、恐らく其の為でしょう。ですが、依り優れた肉体に転移しようと考えたんです」


「どう言う事だ?」


「姉さんには、人間の可聴帯域を、大きく越える音を聞き取る聴覚が在るんです。イルカの超音波や、物から発する微弱な音から、何かを読み取る事が出来るみたいなんですけど、ドルフィンは其処に目を付けたんです」


「何が言いたい?」


嫌な想像が頭を過った。


「姉さんのクローンに、ドルフィンの人格が転移されています」


「何だって!?」


俺は、ドルフィンが許せなかった。百合の命を奪ったドルフィンを、此の手で殺す事だけを考えて生きてきた。其れなのに、ドルフィンは百合のクローンの中にいる。俺にもう一度、百合を殺せと言うのか。


そんな事、出来る訳がなかった。だが、俺はどうしてもドルフィンを殺さなければならなかった。在の日、俺は百合に誓ったんだ。


「ドルフィンの人格を消す方法はないのか!?」


「一つだけ在ります。其れには、貴方の力が必要なんです」


「俺に出来る事なら、どんな事でも協力させてくれ」


百合の為なら、俺は何だって出来る。ドルフィンの人格を、必ず打ち消してみせる。


「僕達は姉さんのクローンをイルカと呼んでいるんですが、イルカには姉さんの人格も転移しているんです」


「どういう事だ!?」


「僕もドルフィンが、どうしても許せないんですよ。だから、奴の企みを阻止する為に、予め姉さんの人格を転移しておいたんです。ですが、今は姉さんの人格も、ドルフィンの人格も、眠った儘なんです」


アゲハから、静かな怒りが感じられた。


「貴方ならば、きっと姉さんの人格を呼び起こす事が出来る筈。姉さんの人格が、ドルフィンの人格に打ち勝てば、ドルフィンの人格は消えると思うんです」


アゲハの怒りが、憎悪の匂いへと変わっていくのが解った。


「イルカに会ってやって下さい」

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