「こいつは一体、どう言う事や。何で、黒部が八人もいてるんや!?」


エコーは驚きを隠せないでいる様だった。かく言う俺も、驚きの余り、言葉を失っていた。


「八つ子ちゃんとかと、ちゃうよなぁ」


「笑えない冗談だ。八人とも、全く同じ匂いをしてやがる」


例え、八つ子の兄弟だとしても、同じ匂いになる事はない。全く同じ匂いの人間が、八人も存在するなんて有り得なかった。


「こいつらは、俺のクローンだ」


黒部は懐から、拳銃を取り出していた。


殺意は全く感じられない。


「ドルフィンは、自分の人格を転移する受け皿に、クローン人間を考えてたんだ」


なるほど。クローンならば同じ匂いを放っていても、おかしくはない。


「おっと。話しが逸れちまったな。ゲームの説明を始めようか」


俺達と一緒に居た黒部が言う。他の七人の黒部達は沈黙を守った儘だ。


「ルールは簡単だ。俺達の中から、オリジナルの黒部正春を探し当てたら、お前等の勝ち。外せば負けだ。俺達、其々に一人ずつ、一度だけ質問する権利を与えよう。まぁ、質問は慎重にするんだな。解ってるだろうが、負けた時はこうなる」


八人の黒部全員が、銃口を此方に向けて弾丸を放った。


物凄い爆音と共に、弾丸が俺達二人の横を通り過ぎていった。


「負ければ、蜂の巣ってか。おもろいやんけ、やったろうやないか」


「そうそう。言い忘れていたが、お前等が勝てばエコーのルーツも少しだけ教えてやろう」


黒部の言葉にエコーは目を輝かせて言った。


「ホンマやな。絶対に俺等が勝ったら教えろよ!!」


「あぁ。約束しよう。但し、此の俺に勝てればの話しだが」


黒部から、物凄い威圧感を感じた。


どうやら、向こうは本気の様だ。呑まれれば、確実に負ける。俺は黒部から感じ取れる匂いを見逃さない様に、嗅覚を研ぎ澄ました。アドレナリンの匂いに入り交じって、黒部から虚実、様々な感情が匂いとして伝わってくる。


――俺はお前等が嫌いじゃないんだ。本当の事を言うと、俺はお前等に死んで欲しくない。


此処へ来る前に黒部が言った言葉を思い出していた。在の言葉に、嘘の匂いは感じ取れなかった。黒部と言う人間の全てを知っている訳じゃないが、ドルフィンに雇われた一年の間に見せた彼の本質を知っている。


 在れは、ドルフィンに雇われて一月が経った頃の事だ。





――糞っ垂れ。


嗚咽が止まらない。


「又、吐いているのか。良い加減、慣れたらどうだ。……とは言え、酷な話だな」


今夜もドルフィンの館で、一人の債務者の命をギャンブルで奪った。其の罪悪感からか、ギャンブルが終わると俺は必ず吐いていた。


「非情にならなければ、勝てない事だってある。そうなれば、大切な人を失う事になるんだろう?」


黒部の放つ匂いが、いつもと違っている。此れは、後悔の匂いだ。悲しみと、憎しみが入り交じった匂いだった。


「其の口振りだと、アンタは非情に成り切れるんだろうな」


「そうでも、ないさ。俺も大事な人の命を賭けた勝負で、相手に情けを掛けて、負けた事がある」


「――えっ!?」


黒部から発せられる後悔の匂いが、強く悲しく伝わってくる。


「俺の妻は酷いギャンブル狂だった。借金を拵(こさ)えては、賭博で負けて帰ってくるんだ。最初の内は、俺がギャンブルで其の借金を返済していたが、在る時、妻はドルフィンのシマで、在るギャンブラーと博打をした」


 黒部の言葉は、とても辛そうだった。


「其の勝負で妻は、命を賭けていたんだ。其の勝負の中盤頃、妻に電話で泣き付かれたよ」


「其れで、勝負は?」


「負けたよ。相手は女房、子供をドルフィンに人質に取られていたんだ。相手は其の事を、泣きながら訴え掛けてきた。一瞬、俺は迷っちまった。在の時、迷いさえしなかったら、判断が鈍る事もなかったんだ!!」


きっと、黒部は優しすぎるのだろう。例え、冷静な判断が出来たとしても、勝てたかどうかは誰にも解らない。其れなのに、黒部は苦しんでいる。罪の意識に囚われている。


「だから、俺は在の日から情けを捨てたんだ。例え、子供が相手でも非情になる覚悟は出来ている」


そう言う黒部の表情は、とても辛そうだった。



   〇



黒部は其の優しさ故に、非情で在る事に徹している。恐らく此の勝負、正面に考えれば、黒部の策に嵌まって、負けてしまう。


「ほんで、どないするつもりや?」


エコーは黒部の事を余りにも知らなさ過ぎる。勝負の主導権は俺が握るしかない様だ。勝負の鍵は、如何に黒部の意図を読み取るかだ。黒部が何故、こんな勝負を仕掛けて来たのかを考えなければならない。


本気で俺達を潰すつもりならば、ポーカーやBJで勝負を仕掛けてくる筈だ。ならば、何故か。まるで、俺達が勝てる様に誘導しているとしか思えない。


「エコー、俺に命を預ける覚悟は在るか?」


「元から、其のつもりや。香元に全部、任せるで」


なら、話しは早い。俺の考えが正しければ、二人で終わる筈だ。


まずは一人目の黒部に質問だ。


「貴方は本物の黒部正春ですか?」


「答えに直結している為、其の質問には答えられん」


淡々とした口調で、黒部が言った。全員に同じ質問をすれば、必然的に答えが導き出される質問には応じない様だ。此処までは、予想通りだ。次の質問の答えが、俺の期待した通りなら決着が着く。


「此の中に、本物の黒部正春は居ますか?」


二人目の黒部が答える。


「答えに直結している為、其の質問には答えられん」


矢張り、そうだ。黒部は俺達が勝つ様に誘導している。勝負の方法をギャンブルではなく、クイズにしているのが其の証拠だ。


「大丈夫か、香元?さっきから、同じ答えしか返ってこんやないか!!」


どうやら、エコーは未だ気付いていない様だ。彼の匂いから、焦りの感情が読み取れた。


「答えなら、解ったよ。此処には本物の黒部正春は居ない」


「何て!?」


驚愕の表情のエコー。


「二つ目の質問に答えられない理由は、一つしかないんだよ、エコー。本物の黒部が此の中に居るのなら、居ますって返事が返って来た筈なんだ。其れなのに、答えに直結するので答えられませんって返事が返って来た。なら、理由は一つしかない。此の中に、本物の黒部正春は居ない」


最後の部分は、黒部の方に向き直って言った。


「其れが答えか?」


「あぁ。間違いない」


「そうか。なら、仕方ない」


黒部達が俺達を取り囲んで、銃口を突き付ける。


「間違ってるやないか!!」


慌てるエコー。だが、俺は不思議と落ち着いていた。


そして、銃声が鳴った。が、空砲だった。


「どう言う事や?」


「正解って事だろう」


黒部の一人が口を開く。


「合格だよ、香元」


其の声は、何処か嬉しそうだった。


「どうして、アンタは業と負ける様な真似をしたんだ?」


「さぁな。只、俺はお前に過去の自分を重ねちまったのかもしれない。お前は自分の所為で、愛する人を失っている」


黒部は未だに自分を責めているのだろう。愛妻を死なせた事を、自分の所為だと思っている。


黒部は深く溜め息をついて、言った。


「其れより、俺のルーツを教えてくれる約束はどないなったんや?」


「そうだったな。エコーには此れを」


そう言って、ペンダントを渡した。


中には写真が入っていた。幸せそうに笑う女と、五歳ぐらいの女の子を抱き抱えるエコーが写っていた。


写真を黙って見ているエコーの様子がおかしかった。


「あぁぁぁあぁぁーっ!!」


突然、叫び出してエコーは倒れた。


「お前達、急いでエコーを医務室へ運べ!!」


黒部の号令と共に、クローン黒部達がエコーを運び出す。


「エコーの事は我々に任せてくれ。其れよりも、お前に会わせたい人がいる。イルカの事も、着いて来れば解る」


エコーの事も心配だったが、黒部に従う事にした。

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