夜風に当たっていると、美香がやって来た。心底、悲しそうな顔をしている。


「どうするのよ、誠慈!?」


美香が今にも泣き出しそうに言った。


「心配しなくても、勝つさ」


「勝つって、どう見ても負けてたじゃない。負けたら殺されるのよ!! 解ってるの?」


美香の匂いが激しく乱れていた。いつも付けているキツめの香水が、時間と共に薄れている。


鼻を刺激する匂いが、俺の男としての性(さが)を擽る。美香のフェロモンは魅力的だった。常人の十倍以上ものアポクリンアンドロステノンを彼女から感じた。其の物質を嗅覚が感知すると無意識の内に性的興奮を及ぼす。彼女は恐らく、特異体質なのだろう。


潤む瞳の奥から、怪しい光を感じた気がした。艶やかに、秘めやかに俺の男を誘う。


「もう、止めよう。今なら、まだ間に合うよ」


柔らかそうな唇に吸い込まれそうだった。口付けをしたい。此の儘、勝負から逃げて、美香と情事に溺れたいと言う欲求が僅かに、心を甘く刺激する。だが、百合への想いが其れを許さない。


「そう言う訳にはいかないんだ。奴等には、聞き出さなければならない事がある」


「ドルフィンの事なんて、どうでも良いじゃない。誠慈に死なれたら、私……」


美香が其の身を預けて来た。そして、静かに嗚咽を洩らす。彼女のフェロモンが、急激に濃度を上げる。一瞬、美香の官能的な姿を想像してしまった。此の儘では不味い。美香を引き離した。


背を向けると啜り泣きが激しさを増した。


俺は構わず無言で店に戻った。

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