其の日の昼過ぎに、百合の働く花屋に俺は訪れていた。黒部が何故、俺を此処に向かわせたのかを知りたかった。其れに此処に来れば百合が何故、あんなにも悲しそうな顔をするのかが解る様な気がした。百合の悲しみを知りたかった。何も出来ないけど、居ても立っても居られなかった。


 店に来た事を、少し後悔しながらも百合の姿を探した。店は然程、大きくはなかったが従業員が七人も居た。其れも、綺麗な若い女許(ばかり)で、客層も男許だ。従業員の名札には皆、花の名前が刻まれている。明らかに、普通の花屋の雰囲気ではない。店の雰囲気が、何処か昏い。甘やかで、艶やかな空気を感じさせるのは、店員の女達の放つ妙な色気の所為だろうか。薄暗い照明に照らされた彼女達の姿は、僅かに輪郭をぼやけさせる。ふと彼女を思い出し、姿を探す。流れてくる音楽が、秘めやかに耳を通して何故か落ち着かない。俺は店内に視線を泳がせていた。


 彼女の姿が見当たらない。俺が店内を彷徨(うろつ)いていると、脂ぎった中年の男が店員と話しているのを見掛けた。


「百合の花を買いたいんだが」


「すいません。三十分だけ、待って貰えませんか? 薔薇の花なら、直ぐに御持ち出来ますが?」


「じゃあ、そっちにさせて貰うよ」


 そう言って、男は従業員に金を払っていたが、花に払う額ではなかった。此処は、花屋と言う名目の風俗だった。どうやら、百合は体を売っている様だ。


 其の事に対して、否定する権利は俺にはない。けれど、俺の胸を何かが締め付けていく。しっとりとした嫉妬が、ねっとりと心に絡み付く。不安が頭を過ぎり、彼女の悲しむ顔を思い出していた。静かに悲しみが俺を蝕んで、心を掻き毟る。百合に気付かれる前に店を出て、煙草に火をつける。煙りが立ち上る先を静かに眺め、切なくなる。百合が他の男に抱かれてる姿を想像して一人、苛立つ自分に更に腹を立てる。自分の都合でしか彼女の事を見れない自分に、尚も腹を立てる。


 深い溜め息をついて、煙草の火を消した。どうして、百合は風俗で働いてるのだろう。彼女の部屋には生活に最低限、必要な物とピアノしか置いていない。生活はとてもではないが、贅沢とはいえない。となれば、借金しかない。ならば、金が要る。俺は黒部に渡された連絡先を見た。黒部と対峙した時の恐怖が脳裏を過ぎる。恐らく待ち受けている恐怖はあんな物の比ではないのだろうが、腹を括るしかなかった。百合の為ならば、父の敵で在ろうが悪魔で在ろうが従ってやる。恐怖ぐらい幾らでも拭い去ってやる。


 俺は百合を護るんだ。そう、在の夜に誓った。


 絶対に護ってみせる。

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