17

「今度は一千万、張らして貰うばい」


 血を拭いながら、宮園は宣言した。


「二年前、医者に末期癌ば、言われたんちゃ。持って一ヶ月とか言いよろうが、笑わせるばい。オイには、サイコロ以外になんもなか。世間で言う処の駄目人間くさ。やけん、サイコロで一二三の為にも稼ぐ必要が在ったと。駄目な親父たい。満足に娘も幸せに出来んとよ。本当に、オイは駄目な親父ばい」


 悲しそうな、寂しそうな、目をしとった。


「やけん、サイコロに命ば張るって決めたき。こんな処で負ける訳にはいかんくさ!」


 血を撒き散らしながら、宮園はサイコロを振るった。其の姿には、鬼気迫る物が在った。


 ——ピンゾロの嵐。


 まだ、そんな余力が在るんか。否、余力なんか疾うに、尽き果ててるか。


 賭博師(ギャンブラー)としての魂を削ってるんや。父親としての意地。


 一二三への想いが、宮園を死の其処から奮い立たせてるんや。


「恐らく後、一投が限界やき。其処で提案が在るくさ。オイの全財産の一億五千万円を、張ってくれんね?」


「そんな金、持ってへんで?」


「解ってるっちゃ。金が出来るまででも良い。オイの代わりに、一二三の面倒を見てやらんね?」


「あんた、本気で言うてるんか?」


「本気くさ。兄さんは良か人ばい。勝負を通して、兄さんの人と成りを見させて貰ったき、解るんばい。兄さんになら、一二三を託せる」


 真剣な眼差しやった。


 其の眼は賭博師(ギャンブラー)やなくて、父親としての眼やった。


「しゃあないな。但し、俺に勝てたらやからな!」


 全神経を、サイコロのコントロールに務めた。今なら、やれる気がする。


 全身の神経が、指先に集中して、感覚が極限まで研ぎ澄まされる。


 サイコロが、まるで体の一部で在るかの様に錯覚しとる。


 ゆっくりと、自分でも驚くぐらい自然体でサイコロを投げた。


 ——賽の眼は、ピンゾロの嵐やった。


 偶然か、必然なんかは正直な処、解らへん。


 もっかいやれって言われても、出来る自信はない。只、はっきり言える事は一つや。


 俺は嵐を出した。


 宮園も嵐を出さん限りは、勝てんっちゅう事や。


「兄さん、此の大一番で、成長したくさ。オイも全力でいくけん、覚悟しんしゃい!」


 宮園が、サイコロを投げようとした其の時やった。


「——お父さん!」


 背後で一二三の叫び声が聞こえた。


 目を見開きながら、宮園はサイコロを投げた。


 直後、宮園は吐血しながら激しく咳き込んだ。


「お父さん!」


 慌てて駆け寄る一二三。


 虚ろな目で、一二三を見つめる宮園。


 薄暗い部屋の灯りに、一二三の涙が照らされる。もう賭博師(ギャンブラー)としての宮園の影は、何処にもない。全てを圧倒する様な気迫も、畏縮してしまいそうになる程の重圧も感じられへん。


 一人の賭博師(ギャンブラー)を、俺は殺した。


 宮園が最後に出した目を見る。血に染まった賽の目は『1・2・3』やった。


 最期の最後に、宮園は賭博師(ギャンブラー)としての死に様を捨てた。


 ——確かに、あんたの心は受け取ったで。せめて最後は、娘に看取られて逝ってくれ。


「……いけんなぁ。ほんとうに……いけん。オイは……本当に……駄目な親父たい……又……手元ば……狂った、くさ……」


 息をするのも、苦しそうやった。


 けど其の顔は、穏やかな物(もん)や。


「お父さん、死んだらいけん。死んだら一二三、絶対に許さんき!」


 涙で顔をグシャグシャにしながら、一二三は懇願する。


 宮園は一二三の頬に手を添える。


 其れが精一杯やったんか、宮園は事切れた様やった。


「お父さん……?」


 震える声。


「死んだら、いけん。一二三を置いていかんで。一二三、チンコロ強くなったんよ。双六にだって、勝ったんよ。お父さんにだって、負けらんばい。だから、だから……」


 宮園にしがみついて、泣き叫ぶ一二三。


 俺は一二三が泣き止むまで、其の場で只、待つ事しか出来んかった。

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