16

 勝負は宮園の親番から始まった。


「初っぱなやからな。取り敢えず百万、張らして貰うで」


 札束を一つ出して、煙草に火をつける。


「兄さん、チンコロの恐さば、解っとうとか?」


「どういう意味や?」


 煙りを吐き出して、問い返す。


「直ぐに、解るけん。覚悟しんしゃい」


「そら、楽しみやな!」


 サイコロを投げながら、答える。


 ——賽の目は1・1・5やった。


「どないや!」


「若いな。其れじゃあ、いかんくさ。良う見とかんか」


 宮園はサイコロを振る。自然な其の動作が、余りにも鮮やかに思えた。芸術的に見えたのは、気の所為やない。感動すら覚えとった。


 ——賽の目は、ピンゾロの嵐やった。


「三倍やけん。三百万ば、きっちり払って貰うばい」


 たったの一振りで、三百万円の損失か。ゾクゾクするな。


 次は俺の親番や。


「三百万ば、張らして貰うけん」


 落ち着いた動作で、サイコロを振る。


 おかしな処は、見受けられへん。


 ——賽の目は、又もやピンゾロの嵐。


 間違いなく、何かをやってるな。せやないと、連続で嵐なんか考えられへん。


「此れで、俺が嵐やなかったらオケラやな」


 ——2・2・4のヨツヤやった。


 たったの二振りで、俺は文無しや。


「其の程度で、勝負ば挑むんか。笑わせるばい」


 九百万円を渡して、山崎の方を見た。


「あんた、金貸しやろ。金貸してくれへんか?」


 俺の申し出に、山崎は表情を変えずに答える。


「十日五割(トゴ)だけど、大丈夫?」


「そんなもん、直ぐに返したる。限度額、いっぱいで頼む!」


「良いよ。調度、手持ちが二千万、在る」


 鞄から、無造作に金を取り出す。


 一千万円の利息か。笑わせてくれるな。


「此れで、もう一勝負や!」


「兄さん、本気なんか?」


「当たり前や。次は五百万、張ったる!」


 ——賽の目は4・5・6や。


 流れが向いてきとる。


「ジゴロクか。けど、流れや勢いだけではオイば、倒せんけん」


 宮園はサイコロを無造作に投げた。


 ——2ゾロの嵐。


 嵐の三連続やった。


 間違いない。


 間違いなく、宮園は賽の目を自在に操れる。


 けど、必ず何処かに穴が在る筈や。


「五百万ば、張らせて貰うばい。此れで終わりやけん……っ!」


 急に吐血する宮園。


 病の所為やろか。


 けど、手加減はせぇへんで。どんな穴でも、利用するんが博打や。


 例え病人でも、相手は格上の賭博師(ギャンブラー)や。妙な同情心を抱いたら、こっちがやられてまう。


「どないしたんや。早く、振って貰おうか?」


 賽の目を操るには、相当な集中力が必要な筈や。其れこそ、病に障る程の集中力や。


 宮園は苦しそうに息を吐きながら、サイコロを振った。


 ——1・1・5のゴケ。


 宮園が、初めて見せた隙やった。


 遠慮なく、突かせて貰うで。


 ——6ゾロの嵐。


 良いヒキやった。


 良い流れを呼び込む力と、強力なヒキが俺の強みや。此ればっかりは、誰にも負けへん自信が在る。


「一千五百万、払(はろ)て貰おか?」


 此れで、差し引き一千二百万円の損失や。


 山崎への利息を入れたら、二千二百万円か。


 まだまだ、此処からやな。


「次は二千万、張らして貰うで!」


 流れは間違いなく、来とる。


 しかも、相手は息も絶え絶えとしとる。


 此処で仕掛けらんと、チャンスはない。


 ——1・1・6のロッポウや。


「どないや!」


「兄さん、煙草ば良かね?」


「そんな状態で、良いんか?」


「どうせ長くない体やけん、良か!」


 煙草を差し出し、火をつけてやる。


 ゆっくりと煙りを吸い込み、激しく咳き込む。


 夥(おびただ)しい量の血を吐いていた。


「どうやら、今夜が山場のようたい」


 宮園はサイコロを振った。


 ——1・1・3のサンタや。


 流れは完全に此方に傾いてる。


 けど、何かがおかしい。


 宮園の目は、まだ死んでへん。


 瀕死の状態やのに、物凄い力強い眼光で此方を見とる。


 ほんまの勝負は、此れからやっちゅう事か。

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