11

 ——負けた。


 子供に博打で負けた。


 こら、アカン。


 賭博師(ギャンブラー)も廃業やろか。


「楽しかったっちゃ。お父さんと勝負してるみたいやったばい」


 満足そうに、飴ちゃんを舐める一二三。


「お父さん、強いからいつも一二三は負けてるんばい。でもいっつも、最後にはお父さん。一二三、出して負けるんよ」


 俺と同じ負け方やった。


「お父さん、いっつも言ってたっちゃ。お前の笑顔を見とったら、手元が狂うくさ。そう言って、笑うんよ?」


 まるで、賽の目を自在に操れる様な物言いやった。


 平らな所なら未だしも——滑らかな椀の中で賽の目を操作する事なんか、不可能な事や。


 よっぽど、ヒキが悪いんか。其れとも一二三が強運の持ち主なんか。


「可笑しかろう。サイコロの目なんか、誰にも操れんのに。お父さん、手元が狂ったって、言い訳するんよ……」


 一二三の表情が、みるみる曇っていく。


 寂しそうな、泣きそうな、そんな表情やった。


「お父さんね。一二三とお母さんの事、捨てたんよ。二年前、一二三達を置いて、突然おらんくなったけん。お母さんいつも、言ってたんばい。お父さん、私達を捨てて、ギャンブルを選んだんよ」


 一二三はリュックから、一枚の古ぼけた写真を取り出した。


 写真には、一二三と一二三の両親が写ってる。三人共、幸せそうな笑顔を浮かべとった。


「お母さんは先週、死んだん。お医者さんは、過労って言ってたけん。お父さんが殺した様なもんばい」


 一二三の頬を、涙が伝う。強い意志の宿った目をしとる。ガキの癖して、何ちゅう目ぇしとんのや。


 ——此れは、覚悟を決めとる者(もん)の目や。


「お前。お父さん見付けたら、どないする気や?」


「決まっとろうもん。博打で——チンコロで、お父さんを倒すんばい!」


「本気で言うとるんか?」


 聞くまでもない愚問や。


 一二三は其の為に、普通の子供としての未来を捨てる覚悟をしてる。


 腹を括った人間に、大人も子供も関係ない。


「本気やけん。お父さん倒して、自分のやってた事が馬鹿らしいって事、証明するんばい。其の為に、家を出たんやき」


「けど、お父さんが何処に居るか、知らんのだら?」


 八代が割って入る。


「解らん。只、何となく名古屋におる気がするんばい。一二三の勘やけど……」


 ヒキの強さなんか、血の繋がりなんかは知らんけど、一二三の勘の鋭さにゾッとした。


 何処におるかも解らん流れの賭博師(ギャンブラー)を、市単位で場所を特定しとる。


 ほんまに、末恐ろしいガキや。


 正に、蛇(じゃ)は一寸にして人を呑むやな。


 巧く鍛え上げれば、とんでもない化物に育つんやないか。


 まぁ、俺の勘やけどな。


「解った。俺が絶対に、お父さんを見付けたる。但し、倒すんは俺がやる」


 折角、見付けた上等の獲物や。


 誰にも、やらん。

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