連れて来られたのは、喫茶店やった。


 建物の外観よりも、店内は狭い。客は殆ど入っとらんみたいで、閑古鳥が鳴いてる。唯一の客は年配のオッサンが一人、奥のテーブルに居てるだけやった。


 珈琲を傾けながら、灰皿の上で紫煙を燻らせとる。鋭い眼光で、此方を観察しとった。


 一目で解る。纏わせてる空気が、素人やない。間違いなく、此のオッサンは賭博師(ギャンブラー)や。


「山崎さん、いらっしゃい。今日は、そっちの二人ですか?」


「一人は付き添い。空き在る?」


 出迎えてきたのは、白髪が混じった初老の男やった。


「其れは、もう。山崎さんには、いつもお世話になってますので。直ぐに、空けさせて貰いますよ」


 見た目に似合わず良う喋る奴やな。


「中に入って、御待ち下さい」


「そうする」


 冷たく言い放ち、社長は従業員用と書かれた扉を開けた。


 俺等も後に続く。


 中は狭い通路が在り、奥と手前に二つの扉が在った。奥の方の扉を抜けて、連れて来られたのは割りと広めの部屋やった。


 部屋の中央には、大きな卓と其れを囲む八つの椅子が在った。


 社長と店主の会話から察するに、八人でするギャンブルの様やな。


 周囲にはソファーやテーブルが在って、十数人の人間が居(お)る。


 其の半数が不安そうな表情で座ってる処からして、債務者やろうな。残りは皆、一様に厳つい面(つら)しとる。金融屋の人間やろな。


 多分、各金融屋が軍資金を貸し付けて、債務者達に博打をさせる。勝った奴が総取りして、借金返済する。所謂(いわゆる)、溝みたいなシステムなんやろうな。


 ——頼母子講(たのもしこう)。確か江戸時代ぐらいから在るシステムで、貧しい者達が金を出し合いメンバーの中の誰かが総取りするシステムやったな。


 確かに其の方法なら、何処かの金融屋は確実に潤う。尤も負けた奴等は、洒落にならん重荷背負わされるやろな。


「師匠。何か此処、ヤバくないっすか?」


 不安そうに尋ねる。


 こういう空気に慣れてへんのやろな。周りの奴等も、一様に不安そうにしとる。其の中に、一人だけ自信有り気な表情(かお)した奴が混じってる。金髪リーゼントの兄ちゃんやった。


 只のアホなんか、リピーターで攻略法でも持ってるんか。どっちにしても、そういう奴が混じっとらんと面白ない。


 博打ってのは、勝つか負けるかの駆け引きがおもろいねん。其れがないと、博打する意味がない。


「此処に来るのは、債務者だけなんか?」


 社長に問う。出来れば、表で珈琲、飲んどったオッサンと勝負がしたい。醸し出しとったオーラは、百戦錬磨の賭博師(ギャンブラー)って感じやった。相当な修羅場を潜っとらんと、あぁはならん筈や。多分、俺よりも格上の賭博師(ギャンブラー)や。


 あんな空気を出せる人間、今まで見た事がない。


「何で?」


「周りの連中、弱そうなんばっかりやん。もっと、強そうなんはおらんの?」


「いないよ。楽に勝てるなら、良いだろ?」


 抑揚のない声。


 俺は溜め息をついた。


 解っとらんなぁ。


 博打は勝ってなんぼやけど、其れだけやない。如何に楽しめるかが、重要なんや。


 檀原公園での博打みたいに、ひりつく様な空気が味わいたいんや。


 『限定あっち向いてホイ』は良かった。鬼瓦との博打は、今までした博打でも最良の部類に入る。


 在れ以来、まともな勝負が出来る相手に巡り逢う機会がない。


「皆様、お待たせしました」


 マスターが、数人の債務者達を連れて来た。


 どうやら、面子が揃ったみたいやな。


「集まった八名の方達は、卓に着いて下さい。勝負の説明をします」


 促されて皆、卓へと移動する。


 俺と金髪リーゼント以外は、表情が堅い。


 五十代ぐらいのオッサンの横に座る。金髪リーゼントは、俺の真向いの席に着いた。


 席順は時計回りに、俺、五十代のオッサン、若い兄ちゃん、水商売系の姉ちゃん、金髪リーゼント、オタク風のキモ男、普通のおばちゃん、サラリーマン風のスーツ男やった。


 マスターが、トランプを掲げて口を開いた。


「皆様には、ババ抜きをやって頂きます」


 場の空気が一変する。


 複雑な勝負を想像してたのか、安堵の表情をする者。困惑の表情の者。相変わらず不安そうな者。


 リアクションは皆、様々やったけど単純な勝負やと、嘗めてかかっとるな。


「ババ抜きなら、何とかなるかもぉ!」


 水商売系が、アホ丸出しな感じで言うた。


 素人は勝つ為の考えを、直ぐに放棄してまう。其れも無自覚やから、質(たち)が悪い。


 どんなに単純な勝負やっても、勝負で在る事には変わらんのや。


 1%でも勝率を上げる為には、まずは考える事や。其れが出来ん人間は、どんな勝負でも負ける。


「皆様、お静かにお願いします」


 場が慌ただしくなるのを制止するマスター。


「通常のババ抜きとは違って、勝利条件はジョーカー二枚を揃える事です」


「じゃあ。最初にジョーカーを引いた人が、有利って事?」


 おばちゃんが問う。


「多少の運が作用されますが、勝負は心理戦になると思います」


 マスターが、説明を続ける。


「まず最初に、サイコロを二つ投げて親を決めます。一番、大きい目を出した人が親になります。そして、親がカードを配ります」


 ——成る程。


「配られたカードから、ペアの物を除外した後——」


 マスターはカードを数枚、取って掲げて見せた。


「此の様に手持ちのカードを一枚、オープンにした状態でゲームを始めます。親から順番に、時計回りに進行して下さい」


 成る程な。各プレイヤーのカードが一枚ずつ公開されるって事か。


 巧い事やれば、ジョーカーの位置を探る事も出来そうやな。


「手札が0になったら、敗北です。敗北者が出る度に、皆様の手札をシャッフルして、親を決め直します。以上のルールに、異論は御座いませんか?」


 誰も答えらん。


「無さそうですね。では、勝負を始めて頂きましょうか」

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