-血染めのサイコロ編-

 分厚い辞書を睨み付けて、気を落ち着かせる。


 辞書を持つ手の指先に、意識を集中させながら目を瞑った。本日、百回目の挑戦や。今度こそ、絶対に成功させたる。


 勢い良く、ページを捲っていく。


「此処や!」


 中程で、ページを止める。


 ——247頁や。


「どないや?」


 目を開くと、辞書は245頁・246頁の所で開かれていた。


 本日、百回目のカードリーディングの失敗やった。カードリーディングの技術(わざ)を極めれば、カードゲームに於いて多彩なイカサマが可能になる。


 其の為には、指先で頁を正確に読める様にする必要が在る。


「アカン。ちょっと、休憩や……」


 俺は冷蔵庫から、ビールを取り出した。ほんで、煙草に火をつける。


「お前も飲め!」


「あざーす!」


 ビールを手渡すと、人懐っこい笑顔を八代(やしろ)は向ける。


 俺は今、名古屋に来ていた。何か知らんけど、無性にパチンコを打ちたくなったからや。名古屋と言(ゆ)うたら、パチンコ発祥の地や。言わば、パチンコの聖地や。


 名古屋駅から地下鉄で数駅の新今池駅に、キングっちゅうパチンコ屋が在る。其処で朝一から、夕方まで奇跡の百連チャンをかました。


 其の帰り道で、八代と出逢(でお)うた。


 ——弟子にして下さい。開口一番に八代が言うもんやから、何となく部屋に上げた。俺が泊まってるホテル『レオパレス』は、一般のビジネスホテルよりも割高や。せやから、割りと広い室内になっとる。


「ほんで、君は何で俺の弟子になりたいんや?」


 ビールのプルタブを開けながら、紫煙を吐き出す。


「師匠の神のヒキ、見せて貰いました。俺、どえらい借金が有るんすよ!」


 何や、金か。おもろない理由やな。


「幾ら有るねん?」


 ビールを煽りながら、辞書に手を伸ばす。


「師匠、さっきから……パラパラ、パラパラ、何やってんすか?」


 ——糞が。2頁も擦れた。


 こら、アカンわ。


 八代を睨み付ける。


「あ、すいません。借金は、百万近く有ります。俺、未成年なんで、ちょっとヤバそうな所に借りてるんです」


「お、ドンピシャや!」


 百二回目にして、ようやくカードリーディングに成功や。


 八代は訳が解らない、と言った面(つら)しとる。


「次の返済日は、いつや?」


 未成年で、百万円。


 直ぐに作れる額とちゃうな。


「明日っす!」


 アホやな。


 ——うん、アホやな。


「普通に、無理やろ?」


「だから、師匠に弟子入りしてるんじゃないですか!」


 まぁ、まだ弟子にした訳とちゃうけどな。


「ほな、チャンスやろか?」


「チャンスっすか?」


 顔を輝かせながら、此方を窺う。


 ポケットから、サイコロを二つ出した。


「せや。こいつで6ゾロ、出してみぃ!」


 6を下に向けて人差し指と中指を上に、親指を下になる様にしてサイコロを掴む。ほんでサイコロを、半回転する様に投げる。


 賽の目は、見事に6のゾロ目やった。


「うわっ! すげぇーっ! どうやってるんすか?」


 八代は興味津々や。


 遣り方を説明して、俺は二本目のビールを取り出した。


「明日の朝まで、待ったるわ」


 現時刻は深夜二時を回った処やった。


 賽の目を自在に操れる様になるまで、俺は二週間も掛かった。


 無理難題を押し付けられたとは知らずに、八代は真剣な表情でサイコロを投げとる。


「まぁ、気張りや」

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