③-4 上司と部下なんですよね

 営業から戻り、社用車の返却処理を東郷に任せて営業二課に戻ると時間は16時。

 いやぁ、腹減ったな。昼飯中断したし、コンビニでも寄ってけば良かったかなーなんて考えながら、自分のデスクまで行くと、提出棚に資料が山のように積まれていた。

 うへぇ、これ全部処理しないとかよ……。

 まず一番上から見ていって、優先順位を……と。うん、一番上にある新美にいみ西川にしかわのこれは後回しでいいな。

 次の角田さんの資料から……と。


「ウォッホン!」

「……小春こはるちゃん、どうした?」


 急なでかい物音の発信源に対し、西川が心配半分、驚き半分で質問している。

 何だ新美のやつ。風邪か? めちゃめちゃでかい咳しやがって。誰かに感染うつすなよ絶対。

 無言で見つめると、何故かめちゃめちゃ睨み返された。なんじゃそら!

 問い詰めたろうかとしたところに、東郷が社用車の返却を終えて帰ってきた。


「課長、昼ごはん食べてないですよね? コンビニ行くんですけどなんかいります?」

「お、マジ。じゃあ岐阜タンメンのカップ麺でも」

「エッッッッホン!」

「小春ちゃんホントどうした!?」


 いやそんな咳ある? 大丈夫かな新美。巨大なタンが絡まってるとかなのか? 女子力が足りない。というか人としての尊厳が足りない。


「新美、体調不良なら早退してもいいぞ?」

「死ぬほど元気です」

「え、死ぬほど!?」


 オイオイ、こいつぁ、びっくりだぜ。会社で死ぬほど元気な奴なんてこの世にいるのかよ。俺なんて万年仕事で死ぬほど死にそうな事はあっても、元気な事はないんだけども。

 というかキッパリと言い切るの見ると思うが、なんか冷たくない? 飯食ってた時の去り際もそうだったけど、俺やっぱり苦手とされてない? やっぱりさっき東郷に語ったのは俺の痛い勘違いなんじゃない?

 だって好きな相手が部下に昼飯買うの頼むだけであんな殺気放つ? なにお前如きが仕事サボって飯食おうとしてるんだくらいの勢い。マヂ無理……仕事しよ。


「課長、コンビニは?」

「やっぱいいや、食欲無くなった」

「えぇ……」

「ごめん、夕飯まで我慢すっから東郷だけ買ってきて」


 困惑の東郷へ申し訳ないと両手を合わせる傍ら、視界に入るのは何故か9回裏逆転のチャンス潰したスラッガーを見るぐらいガッカリの様子の新美さん。いやもう本当この子分からーん!!

 もういいや、早く角田さんのこの急ぎの書類片付けよ……。

 我ながら効率よく処理を進めて、次の資料を手に取っていく。

 なんか新美からすげー視線を感じる気がするが気のせいだろう。てゆうか、あいつ俺を睨みつける暇があんならちゃんと仕事しろよ。

 と、4回目に思った頃だった。

 終業間近に最後の資料を手に取ったのだが、付箋ふせんが貼ってある。何だこれ?


『給湯室に待人あり』


 マジか。給湯室に俺の待人いるらしいわ。てゆうか字でなんとなく誰かが書いたかは察しがついている。取り敢えずその待人とやらに全く身に覚えはないが、給湯室に行けば良いのだろう。

 付箋を四つ折りにしてポッケに入れて立ち上がると同時に、ガタッと勢いよく立ち上がった人物がいた。

 そいつは俺から見ると、めちゃめちゃ不自然な様子且つ、早歩きにて営業二課の部屋を出ていった。

 まぁ、このタイミングなら、周りからすれば仕事が終わって、終業したから帰ったように見えるだろう。

 俺は上機嫌を装う且つその他諸々の為コーヒーコーヒーと口ずさみながら、給湯室へと向かった。


 奥で両手を後ろに組み、待っていたのは予想を1ミリも裏切る事なく、新美だったというか新美に決まっていた。


「ようやく来やがりましたね」

「あ、コーヒー飲みに来ただけですけど」

「付箋じっくり見てポッケに入れてましたよね!?」


 驚愕の様子に俺はポッケの四つ折りをひらひらと見せつける。


「名前書いてねぇから、いつも皆んなの手書き書類見てる俺じゃないと、誰からか分かんないぞこれ」

「それ込みで課長にしか伝わらないという高度な伝言です」

「ドヤ顔うざっ」


 でもさっきの不機嫌そうな様子が嘘のように生き生きとしておられる。

 早く付箋のメッセージに気づいて欲しかったんだね……かわいそうに。


「で、何で待人さんはここに呼び出した?」

「それはですねぇ、はいこれ!」


 よく見ると、いやよく見なくても、どこからどう見てもタッパー型というか、コンテナジップロックだった。


「え、俺誕生日まだですけど」

「いや、プレゼントにジップロックあげるなんて、母の日じゃないんですから」

「誰が新美のお母さんじゃ」

「だから違うと言ってるんですけども! 早く開けてください」

「あぁ、何だそういうことね。ってかそりゃそうだ」


 蓋を開けると、旨そうな味噌の香りが鼻腔をくすぐった。

 あれっ? これって……。


「今日の定食の鯖の味噌煮? 新美食べなかったのか?」

「課長が帰って来たら食べれるように我慢しました。いつも飲み会のご飯持ち帰る用のジップロック使って」

「いつも持ち帰ってたのか……」


 何故だろう。有り難みより新美の特殊さに気の毒になるのは。

 しかも、こいつまだ食いたいの我慢してるのかよだれ垂らしてやがる。


「さぁ、課長。お腹空いてるんでしょう!? どうぞ!」

「あぁうん、ありがとう。えっと、箸は?」

「……はい?」

「いや、はい? じゃなくて、箸……」


 その顔は知っている。出せと言っておいた資料を出し忘れたのに気づいた時の顔と一緒である。

 そして、何か閃いたように輝く顔を見せて、こちらへ何の躊躇いもなく進言。


「今日だけインド食スタイルは……」

「やらん」


 ズーンッと新美が項垂うなだれるそんなに落ち込まなくても……。


「まぁ、これはじゃあ俺の夕食にさせてもらうとして、新美、この付箋の内容だけど」

「……貼らなきゃよかった」

「そこから後悔しちゃうのか……。じゃなくて、お前これどういう意味で貼ったんだ?」


 尋ねると、新美は意図が判らないというような怪訝そうな表情になる。


「どういう意味って、まんまです。待人してました」

「……古美先生」

「ちょっ! 会社でその呼び方やめてくださいよ!」


 と言いつつちょっと嬉しそうなの何でなん?

 というのは今はいい。


「古美先生は、読者に誤字やら設定ミスやらキャラ名ミス、言葉の意味を間違えてることを指摘されたらどうするタイプ?」

「え、勿論、気づかせてくれてありがとうってお礼を言うタイプですけど」


 うん、まぁ知ってるのでこの質問をしたんだけども。


「……じゃあ言うけど、待人ってどういう意味か知ってる?」

「え、待ってる人の事じゃないんですか?」

「いや、待人って運命の人の事なんだけど……」


 俺が答えると、新美は数秒固まったのちに、自分のやらかした事を悟ったのか、急に顔を真っ赤に染め上げた。


「すから……」

「ん?」

「違いますからぁあああ!!!」


 タッパーを俺に押し付けて、全力で逃げ出した新美。おみくじとか引いた事無いんだろうか。

 仮にも小説を書くんなら、ちゃんと言葉の意味は間違わずにしないとダメだぞと思う俺なのであった。

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