③-3 上司と部下なんですよね

 帰りの車を運転し始める東郷。

 俺はiPadで直近のスケジュールを眺めながら、新規の訪問の日程調整を考えていた。

 新商品の営業は上々の反応で、念の為用意していたお陰で、その場で契約書を交わす事に成功。しかもお得意様のお得意様まで紹介してもらい、うちの商品を扱うのを検討してもらえるとの事。だが、こちらは改めて営業に行く必要があるだろう。

 ガツガツとその場で営業しても良かったが、まずは今日訪問を汲んでくれたお得意様の方にしっかりと向き合う姿勢を見せた方が、信頼を得られると判断した。

 新規の可能性だからって元々の付き合いをないがしろにするなんて愚の骨頂だと思う。

 若い人間からすれば時代錯誤と言われるかもしれないが。年長者で役職のある人間ほど付き合いを何よりも重んじる人間が多い。そんな自分達が相手なら、こちらもそれを重んじる姿勢を取るだけの事だ。


「にしても、まさかあの東郷が俺の未サーチの情報を補填してフォローする日が来るとは」

「不満ですか?」

「いいや、本当に助かった。ありがとう」


 iPadをしまい、ちゃんと当人に向けて頭を下げる。相手への誠意は一挙一動を大事にをモットーにしている。出来ているかは別。


「いえいえ、こうやって一個ずつ課長に借りた恩を返して、逆に貸しを作ってくの面白いんで」


 愉快さと底意地の悪さを交えて微笑む東郷。本当に立派になったもんだ……ただ俺は人間が小さいので挑発されたら乗ってしまうのである。


「東郷、俺の運転する営業車の助手席で携帯いじりながら返事してた奴とは思えないよ」

「またそれ言う……いいじゃないですか。若気の至りってやつです」

「当時は衝撃的だったけど、今時は普通なんかもな。街出ればみんなスマホ見てるし、俺も助手席で断りもせずいきなりタバコ吸ってたもんな」

「まさか……部長の横で?」

「おん」

「いや……おんってそんな軽く」

「携帯いじってた人にドン引きされてもね。今でこそ部長だけど、あの人が課長時代の話だから関係無い関係無い」

「課長も俺と変わらず大概って事が分かりました」


 あれ、東郷をいじるつもりが結局俺がめちゃめちゃ失礼な男だったという事で話が落ち着いてしまった。おかしいこんなはずでは。ううんと、一人自分の落ち度を反芻はんすうしていると、不意に東郷が言葉を投げかけてくる。


「さっきの新美さんの話ですけど」

「分かってる。ちゃんとわきまえるよ上司として。というかまだ新美が俺に気があるって決まったわけじゃねぇし」

「いや、じゃなくて、会社の上司だからって弁えない課長の方が俺は課長って感じがします」

「……それって」

「みんなにバレなければ、俺は良いんじゃないかなと思いますよ? そんなもんでしょ今時。バレないようにフォローするのも手伝います。言ったでしょ? 貸しを作るの面白いって」

「遠慮しとくよ。まぁ、その時が来てお願いする事があったら頼まぁ」

「ハハッ、承知しました」


 可笑しそうに笑う東郷。東郷と話せて良かった。俺に気を遣った部分もあるだろうけど、恩がある、貸しをつくるという言い方で、特定の部下と仲を深める事に対し、一人でも、一種の許しを得たような。罪悪感が薄まるようなそんな感覚があった。

 ホッとしたのも束の間、東郷が明るめに言う。


「でも知らなかったなぁ」

「何が?」

「課長が幼児体型趣味だったとは」

「よし、やはり新美とは上司と部下という適切な距離を取った方がよさそうだなぁ!」


 どうやら新美を女性として見るというのは、そういう意味にもなるらしい。まぁ、そうだよね。俺もそう思うし。

 取り敢えずざわっとするこの感情は、俺の心の中のしまっちゃうおじさんに任せる事にする。頼んだぞしまっちゃうおじさん。



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