③-2 上司と部下なんですよね

 社用車に二人乗り込み、ナビで目的地の設定をしているのを横で眺めながら、俺は東郷とうごうに話しかける。


「実は新美にいみの事なんだけどさ」

「この流れの相談はそうでしょうね」


 ケタケタと笑う東郷。因みに俺が初めてちゃんと教えた後輩が東郷で、うちの課じゃ一番付き合いが長い。


「あいつ、俺の事苦手なはずなのに、とある一件でだいぶ懐かれた感があって……」

「よかったじゃないですか。前々から新美さんと仲良くしたいって言ってましたよね?」

「いや、話しかけられたら怯えられちゃうぐらいから、世間話出来るくらいで良かったんですけどね? たださぁ、なんかさっきのやり取りからちょーっと違和感あって」


 直接言えないのは言ったら本当になっちまいそうなのと、めちゃめちゃ勘違い野郎と思われても仕方ない発言過ぎて……と思ったが、サラッと出来るうちの部下は俺の言葉の真意を察した。


「さっきの感じ、新美さん、課長に気があるように見えましたね」

「あ、やっぱり? 俺の思い込みという線は?」

「数多くの社内恋愛を見てきた俺が言うんで間違いないです」

「いや、俺もほぼ同じ数見てきたんですけど?何だその自信と断定」

「課長は多分10組くらい見逃してます」

「そんなに!? 例えば?」

「角田さんと滝原、付き合ってましたが最近別れたっぽいです」

「しかもうちの課!? いやいや、あの二人が? うっそーん」


 一緒に営業やら飯食ってるイメージ無いんだが……あ。でも一回有給が被ったことあったな。でもそれだけじゃあね……。


「課長って結構鈍いですよね」

「ん? あぁ、そう。ほんと、俺、人の気持ちを分かってやれ無いんだよな」


 分かろうと努力はしてるつもりだ。でも、自分の言葉を相手がどう思うかなんて、想像で推し量る事は出来ても、答えは相手当人でなければ分からない。

 でも、分かる努力をやめてしまってはいけない。そうなれば、やめてしまった事を部下はちゃんと見ているのだから。

 あぁ、この上司は現場の俺たちの気持ちを分かろうとする事が出来ないと一種の見切りをつけるのだ。

 はぁ、と一つため息を吐いて何を言われるかと本人を見たら、全然普通に運転してた。


「え、別にそういう意味じゃなくて、課長って自分が課長として慕われてるっていう自覚があんまりなさそうなんで」

「いや、それ自分で思ってたらやべー上司だろ?」


 赤信号でスムーズにブレーキをかけた東郷は、こちらを向いて微笑む。


「課長が、朝礼でみんなの調子をかんがみてその日の業務や指示出してるの、みんな知ってますし。そういう課長だから、俺も西川にしかわも、一課に行かないんですよ」


 そう言って、ニコッとイケメンスマイルをかまされると、なんかちょっと恥ずかしくなってしまった。

 東郷、知ってたのか。そうなのだ。あんだけなくなりゃ良いとまで煩わしく思っていた朝礼にも、意味があると知ったのはこの役職についてからだった。

 その日の活動を説明する時の部下の表情、疲れ具合、前日からの流れ、報告の正確さ。それら一つ一つに神経を集中して聞くことで、部下をパンクさせない。やりたいようにやらせる為の、大事な時間だったのだ。


「一課に行きたきゃ行ってもいいんだぞー」

「いやぁ、あそこは凄いところですけど、俺がもし、良い仕事が出来てるんだとしたら、それは課長の下だからです。向こうで上手くやれるとは限らない」

「え……」


 照れ隠しでぶー垂れたつもりが、なんか更に恥ずかしい事っつーか、嬉しい事言ってくれちゃって……。

 言った当人も気恥ずかしくなったのか、自分以外の名前を出す。


「西川は多分あおいさんと上手くいかないのが分かってるんでしょうね」

「あー、あいつサバサバ系だからなぁ。金丸かねまるとは上手くいかねぇわな」

「部長に聞きましたけど、葵さんって課長と同期でしたよね。社内で喋ってるのあんまり見ないですけど仲良いんですか?」

「いや全然。会えばいっつも仕事しろ仕事しろ言ってくるだけだし」

「へぇー。言うだけ無駄なのに……」

「おぅこら、仕事してるっつの。今まさに現在進行形で」

「ハハッ冗談ですよ」


 冗談にしちゃ新美も似たような反応だったんですけども。上司って部下が見てないだけで色々仕事してるんですよ……?

 ちゃんとこうやって現場仕事も俺はやるしさぁ。


「それで、新美さんのことでしたね。課長は好きなんですか?」

「んーまぁ、色々あって憧れてはいるんだが好きかと聞かれると……」

「部長の方が憧れ……ですか?」

「あぁその辺はノータッチで。共通の趣味であいつが凄い人だったんだよ」


 新美が小説書いてる事は内緒にする為には、これぐらいの言い方まではセーフかなと。


「なるほど。んーでも、課長がその気ないなら、悩むの尚早しょうそうじゃないです?」

「……そう思うけど、まぁ、憧れが好意になんのってあるかもしれないし、それなら、同じ会社だし、初めからそんな可能性は無いって分かりやすく新美とやり取りした方が良いかなって」

「え、課長って社内恋愛否定派でしたっけ?」

「まぁ、まず別れなければなぁ。タイプによるが大体ギクシャクして雰囲気と業務に影響出るし」

「でも、角田さんとか上手くやってるでしょ。課長気づいてなかったくらいだし」

「そうでした……。でもさぁ、もし、新美が俺を好いてくれててそれに応えた場合、上司と部下なんだぞ?」

「それ関係あります?」

「大有りだよ。新美の査定では贔屓ひいき云々言われる可能性があるし、何よりみんなが新美を見る目が、可愛い後輩から、上司の女ってなっちゃうの。ははっ、誰のためにもプラスにならねぇ」

「……あぁ、たしかにその辺、みんなが割り切れるかは分かんないですよね」

「うん……だから、やっぱり、まずいよなぁ」

「…………」


 無言になる東郷。どう思っているのだろう。

 だが、我ながら、自己陶酔の入った妄想だけで、こんな事を悩むのは新見にも失礼だとは思う。

 けど、もし勘違いじゃなかったら?

 言いようのないモヤッとした感情を持ったまま、クライアントの下へと馳せ参じるのであった。

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