③-1 上司と部下なんですよね

 パソコンに午前の業務終了のアラートが鳴った。

 月曜の午前終わりって、もう今日が金曜の昼でいいよ……って思うよね。思わない? 俺は思う。

 土曜日は、憧れの古美先生と作品について語り合い、映画を見て感想を述べあったり、一緒に飯を食べたり、非常に有意義だったと言えるのかもしれない。

 当時書いてた作品で何を思って書いていたかとか、キャラの裏設定なんかを聞けてワクワクした事実もある。

 ただ、あんなので古美先生の創作意欲を刺激出来たのかは謎だけど。

 さて、昼飯に向かおうかと思うが、うちの会社は社員食堂、所謂いわゆる社食がある。

 いつも昼飯はやっすいので社食で済ませるか、奢って欲しい部下に誘われるままに一緒に外に食いに行くのが9:1の割合で起こるのが通例。

 今日は営業第二課のベテラン面々はほぼ営業で外回り、俺も昼過ぎから東郷とお得意先に訪問予定である。

 なので、東郷と社食で食おうと思っていたのだが。


「あ、課長」

「おぉ、新美。東郷見てないか?」

「外に食べに行ったんじゃ無いですかね。新しく出来たカルボナーラ専門店行ってみるってこの前みんなに話してるのを遠くで聞いてました」

「直接聞いたわけじゃないんだな……」


 この子本当みんなに気に入られてるのにみんなの輪に入れてない特殊な生態過ぎる……。

 まぁ、うちの課はいい奴が多い証拠だから喜ぶべき事か。

 新美はまだ一人前では無いので、一人営業はあまりなく、西川や南原達のサポートが多い為、今日は事務を手伝っていた。


「そういや、新美と社食で会うの初めてな気ぃすんぞ」

「いや、大抵はお弁当なんですけど、久々に筆が乗って、朝書いてたらいつのまにか出勤時間で弁当作り忘れました」


 てへぺろってもう若干古くない? いや、可愛い奴がやると様になるけども。


「マジでか。あれ、朝にカクヨムの更新通知無かったような……」

「あ、まだ書いてる途中なんですよ。今日の夜には更新します」

「作者のいついつ更新します系の宣伝は、商業誌以外信じてねーようにしてんだよ」

「マジですか。あざっす」

「褒めてねぇから、信じて毎回裏切ってるのを謝るところだぞここ」

「作者の筆遅事情に理解を頂いて助かるなーのあざっすです」

「太メンめ……」


 意地の悪い笑みを浮かべる部下兼先生がスタコラと早歩きで選べる日替わりランチ、A定食かB定食の食品サンプルを見に行くと、直ぐにこっちに引き返してきた。


「やばいです課長! 今日のB定! ハンバーグですよ!」

「小学生か! テンション上がり過ぎだろ」


 会社でも目をキラキラさせておる……しかもハンバーグで。ちょろいな新美。


「いいですか課長、ハンバーグが嫌いな人間なんていません」

「言い切りおった……いるわ普通に。津野田つのださん、A定で」

「ハンバーグより鯖の味噌煮!?」


 新美は驚いているがバカめ、うちの社食で魚料理が出たらそっちの方が当たりというのを知らんのだな。教えてやらんけど(小さい男)


「おー、玉城たまきちゃん。ご飯は?」


 声をかけて反応してくれたこの津野田さんは、俺が入社する前からいる、各世夢物産社員食堂の長と勝手に思っているおばちゃんである。仕事終わり一回飲みに行った事もある仲だ。


「普通でお願い」

「あいよー。あれ……出たねぇ! 社食泣かせの新美小春にいみこはる!!」


 何故か新美を見るなり、おたまをぐっと握りしめて臨戦態勢の津野田さん。


「は? 何だ新美。お前入ったばかりなのにもう津野田さんに覚えられてんの?」

「あー前来た時の印象でかな……メニューマシマシでお願いしますって言ってからおかわり2回お願いしましたけど」

「うちの社食はラーメン屋じゃねぇし、おかわりなんて制度はねぇ!! こいつ俺にダブルでツッコませやがった!」


 はぁー、ホンマ新美、はぁーホンマ。無いわー新美。という似非関西弁が表情に表れていたのか、新美は必死な顔で弁明の様子を見せる。


「ち、違うんです。西川にしかわ先輩と初めて社員食堂を教えてもらって来た時に、ここのおばちゃんノリがいいから、そうやって頼めって! その時A定がラーメンだったし!」

「あの後輩からかい女め……でもどうせおかわりお願いしたのはお前の意思だろ?」

「ハイ、いけるかなって」

「太メン……」

「ラーメンだけに……」

「うっせぇわ……」


 西川と新美の部下二人が社員食堂にストレスを与える件について、正式に後で津野田さんに謝ろうと決意をしたところだったが、当人は大口を開けて笑い始めた。


「あっはっはっは、あんたらなんだい。付き合ってんのかい。めちゃめちゃ息があってるじゃないか!」


 周りの視線がこちらに向いた気がして、一瞬背筋がゾワっとしてしまった。


「あはー、違いますー。てゆうか冗談でもやめてくださいね津野田さーん、上司と部下なんでその辺の問題デリケートなんすよー」


 俺はにこやかに、声も穏やかにしてるつもりではあるが、自分でも分かるくらい引きつった笑いになってると思われる。


「ごめんごめん冗談冗談! いやー、玉城ちゃんが会社で、人前でもそんな生き生きとしたやり取りしてるの、久しぶりに見たからさー」

「昔の事はいいじゃ無いすか。ね?」


 このおばちゃん、余計な事を思い出させやがって……。前言撤回、新美、この社員食堂を困らせちまうくらい食ってしまえ。と思ったら、何故かジッとこちらを見つめる新美。


「ほら、B定頼めよ新美」

「……ぐぅ、おば……津野田さん、A定超大盛りで!!」

「ハァ?」

「あいよ!」


 あんだけハンバーグで喜んでたのに、何でそんな悶々とした表情でA定頼んでるんだこいつ。わけわからんな。


「魚が食べたくなったんです!」

「あ、なんかごめんなさい」


 怖えよ。俺そんなに馬鹿にした顔出てたのかしら……。いや、馬鹿にというか意味不明な顔だったはずなんだが。

 運ばれてきた3倍ぐらいサイズの違うA定を、お互いに運んで席に着くと、黙々と飯をかき込み始める新美。そして、不機嫌なはずなのに、鯖の味噌煮を一口食べた瞬間、明らかにその顔が幸せそうに緩んだ。ちょろい。


「たまには好きなもん以外頼んでみると発見あるだろ?」

「私が魚食べたくなっただけですし! 別に課長が鯖の味噌煮だったから選んだわけじゃないですからぁ!」

「……え?」


 え、あ、そういうこと? その顔真っ赤にしての否定は、ある意味言ってる事の裏返しだと思っちゃうんだけど……。


「何だ新美、お前可愛いとこあるじゃん」

「違うって言ってるんですけど!?」

「はいはい、尊敬する上司の真似したくなるよね。俺もそういう時あったわ」

「はぁ? そういうんじゃ……」

「課長ー。ここにいたんですか」


 新美の弁明の最中、この声はと振り向くと案の定、さわやかエース東郷であった。


「おぉ、東郷。どうした、そんな慌てて」

「課長、先方が1時間会うの早めれないかって連絡があって。ルナティックさんにうちを紹介したいみたいです」

「マジか! オッケー。あー、大分残しちまったな。あ、新美もしかしてこれ残り食べれたり……」

「おかわりの手間省けるんで助かります」

「ハハッ、じゃあよかった。俺の箸つけたもんで悪いけど、食っといてくれ、じゃあな」

「あ……はい」


 何か言いたげな表情から感じたのは、学生時代や、新卒時代に何度かあった感情。


「新美と課長が飯だなんて、今日雪でも降るんですか?」

「東郷、後で相談あるんだけど」


 俺がそう言うと、東郷は面白いおもちゃを見つけた子どもみたいな笑顔を浮かべてこう言った。


「えぇ、じゃあ道中聞きましょうか」

 


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