②-4 彼氏役とかドラマか漫画でしか見たことないやつ
大須シネマには元々世界の山ちゃんという名古屋で手羽先が有名な居酒屋が入っていて、何と館内で手羽先をつまみながら、映画を見る事を楽しむ事が出来る。この歳になってくると、何とも嬉しいサービスだったのだが、一度閉館した際に、山ちゃんはそのまま閉店してしまったようだ。
だが、持ち込みOKなのは変わっていない為、さっきトレイン・スポッティングを見る前も、店周辺の鳥カツ串や、ケバブやらを買ってきたのだ。
何でそんな大須シネマのステマみたいな説明を今更確認してるかというと……。
「にしても、持ち込みOKなんて映画館あったんですねぇ」
「あんまり聞かないよなぁ。名古屋じゃ唯一だと思う」
「さ、じゃあ次は感想を語りながら、居酒屋でご飯にでもしましょうか!」
まーた、あのキラッキラした目だよ。目から星出てんじゃねぇのか?
「……新美、さっきは、良く食うなぁと思うぐらいで突っ込まなかったんだが……。お前は今から飯屋に行くつもりなのか?」
「え、そうですけど?」
「食い過ぎだよォ!!」
大声でもないのに、我ながら気持ちいいほどのツッコミだった。
こいつ、マジか。いや、串カツ4、5本と飲み物片手に映画してたから、本格的に飯という流れならまだ分かる。
だがこいつガチ昼飯と言わんばかりに串物を15本とケバブ1つ食ってんだよ。
しかも今大体16時、本格的に飯ってほどの時間じゃない。俺はさっき食った串カツ3本で既に充分で、胃が酒以外を受け付ける気がしない。
だが、当人はケロッとした顔をしている。あの串カツ達はこの小さい身体の何処に消えてるんだ……。
「え、もしかして課長、少食ですか?」
「いや、多分俺は平均的な胃袋の持ち主だが……あ、あれか。待ち合わせ前に昼飯食ってなかったとか?」
「せっかくなんで大須の豚神寄ってきました」
「豚神だと……?」
「いやー美味しかったです」
そう言い放つ顔は、とても満足そうで溌剌とした笑顔でもあって、可愛いと思うのだが、同時に俺は寒気がしていた。
豚神というのは大須でやってる豚骨ラーメン屋なのだが、豚骨ラーメン屋では良くある替え玉制度。これが、豚神では通常のラーメン屋とは違う。
「因みに、替え玉はいくら分」
「3回です」
「あぁ。まぁ、あそこそもそも麺量があんまりだし、それなら……」
「あ.言い方違いますね300円払ったので9回分です」
「そんな気はしていたよォ!!」
それはもう渾身の力で叫んでいた。外なのに。人がいるのに。
大須の豚神は100円で3回替え玉が出来てしまう大食いの人間にとって素敵システムを取っているが、多分300円分も頼む化け物はそうはいない。というかネタで頼んで後で後悔するアホ大学生以外いない。
「それ食った後にあの量の串カツとケバブ……本当に同じ人間か?」
「確かにちょっと人より食べちゃうかもですが、そんな人間か疑われるほどでは」
「ちょっと……?」
ぷくーっと頬を膨らませてデリカシーねーなこいつみたいな顔をされたのだが、多分初めてこの事態に遭遇した人間がいたら大体同じ反応だと思うんだ。
「古美先生のTwitter見てると、確かに飯の大盛り系の画像ツイートの頻度多いなぁとは思ってたが……。実はその後なんか食ったりしてるだろ」
「その後も何も、あげてるご飯の画像ツイートはリアルタイムのものじゃないですよ」
これまたさっきと違う様子で何言ってんだこいつ感で言う新美さん。というか古美先生。
「あ、そうなの?」
「だって、有名なお店で食べた物とか簡単に特定されちゃうじゃないですか。女性がSNSやってて、少しでもリアルを晒したら直ぐに特定出来ちゃう世の中ですからね」
「あぁ、確かに、Twitterでアニメアイコンにしてる人が女性って分かると直ぐに群がる輩ってどの界隈にも一定層いるよな」
「偏見が凄いし界隈って……課長ってもしかしてオタクです? ペルソナネタも反応してくれましたし」
「オタクって呼んで頂いていいレベルなのか分からんが……アニメ漫画小説諸々好きなやつは好きだな。そういう意味でなら【若干オタク】と呼ばれていいかもしれない」
「え、呼んで頂くってどういう事ですか?」
「オタクってさ、めちゃめちゃアニメが好きとか、めちゃめちゃゲームが好きとか、そういう何かに対して熱を持てるすげー人達の事だろ? その域まで達して好きな事って俺には……」
「……俺には?」
「やっぱり何でもないです古美先生」
「急に真顔!?」
あっぶねー。普通に本人の前で古美先生の小説ですって言っちまう所だった。いや、言ってもいいんだけど、なんか新美に言うのは癪っていうか、いや新美が古美先生なんだけども。
悟られぬようコホンとひとつ咳をして喉の調子を整えていたら、新美がうーんと口をとんがらせている。所謂アヒル口ってやつだろうか?
「課長って何か感性が変わってますよね。オタクって言われたら普通ちょっと嫌じゃないですか。なんか課長みたいな人がそんな恐れ多いみたいな反応するとは……」
「うーん、オタクにも色々あると思うんだよなぁ。ほら、推理オタクなら名探偵になる人もいるし、野球オタクって言われるプロになる野球選手だっていんじゃん? 俺、ひとつの情報とか、周りの偏った意見、自分の先入観だけで何かしら決めつけるの嫌いなんだよね」
「……なるほど、だからかな……?」
「あん?」
「いえ、なんでもないです。さ、ご飯行きましょ」
「いや、だから俺お腹いっぱ……」
ニコッと笑う新美がスタスタと歩き出す。絶対何か誤魔化された気がするんだけど、言いたくねぇなら、ま、いいか。
そして、今日の新美先生の取材に付き合った費用は、この後の映画の感想会の居酒屋で新美がひたすら食い続けた事で俺が泣きを見る事になるほどだった事は言うまでも無かった。
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