②-3 彼氏役とかドラマか漫画でしか見たことないやつ
さて、大須観音から映画館と聞くと、名古屋市民からしても、どこまで行く気だ……? まさか109シネマズまで行く気か……?
と思う人達は多いと思う。多くはないか。というかいないか。
実は大須には数年前に出来た大須シネマというミニシアターがある。流行り物というか、テレビで宣伝してるような最新の映画ではなく、邦画、洋画問わずに昔の名作や、スタッフに認められれば学生の自主制作映画が流れたりする古き良きを愛する映画館なのだが、実は昨今の不況や、娯楽施設への厳しい要請もあり、一度は廃館に追い込まれかけた。だが、廃館を惜しむ方々や、現在の支配人の想いもあり、再開される事となった。
廃館になって欲しくないから、またお金を使いに行きてぇなぁ。なんて思ってるところに新美の土曜日の提案が重なったもんだから、こりゃ行くしかねぇと思った次第である。
「へぇー、三つとも見た事無い映画です」
「そりゃ、古美先生が生まれるより前の映画もあるだろうしな」
「おすすめ……というか課長が見た事無いやつがいいですよね?」
「いや、俺は今日は先生の付き添いだから、好きなの選んでくれよ」
「で、でも、やっぱりデート感を出す為にもこういったどの映画にするかっていうカップルの葛藤をやっときたいんです」
「中々に面倒くせぇな……」
「そんなに嫌な顔しなくても」
「別に。誰かさんとのやり取り思い出しただけだから。じゃあトレインスポッティングは? ユアン・マクレガーとか出るし」
「誰ですか?」
「ユアン・マクレガー知らんのか? ほら、スターウォーズのオビワンとか……」
「誰かさんって誰ですか?」
気づくとジッとこちらの顔を見つめている新美。相変わらず目が大きいのと黒目が黒曜石かってくらい光っている。
「営業一課の知り合い」
「一課ですか……」
ゴクリと新美の喉がなる。各世夢物産の営業一課の人間なんていやぁ、花形の部署で働くスーパーエリート達。仕事の合間に仕事で時間を潰すような宇宙人の集まりだ。
会社という枠組みで見れば評価されるのは一課なのだが、俺は二課のような風通しがある今の雰囲気が好きなので、特別競おうとかそういう精神はない。ゆとり世代? いいえ、元々の性分です。
「営業一課の人で映画行くぐらい仲のいい人が?」
こいつが俺の交友関係にそんな興味示すなんて意外だな。まぁ、会社の組織図やら人間関係やらをしっかりと知ろうとするその姿勢は評価せんでもない。
「同期だよ。俺は苦手だけど、今でも向こうがもっとちゃんと仕事しろってワーワーうっさいのなんのって」
「へぇ、課長にそんな事言う人がまだいるんですか」
「まだっていう言い方が気になりますね。私ちゃんと仕事をしてるんですけれども? それに君まだ入って半年じゃ無かったかな?」
「なるほど、課長はイラッとしてると冷たい感じの敬語になるんですね」
グッと何かを掴んだようにガッツポーズする新美さん、映画を決める話をしてたはずなんだが。
「サラッと分析すな。とにかく、トレインスポッティングにしようぜ。マクレガー見ようマクレガー」
「マクレガーって誰ですか?」
「そっちも知らんのかい!!」
× × ×
トレインスポッティングは昔の洋画で、ドラッグ常習者の若者達が様々な現実にぶち当たる中、強烈なブラックジョークを挟みつつ面白おかしく生きる底辺や退屈からの脱却を目指す。みたいな映画だ。
見るのは二度目だけど、一度目に見た時と感じ方が違って、俺もおっさんになったなぁなんて思う。
映画を見終わると、新見の目はキラッキラしている。今日付き合わされるのを約束した時と全く同じ顔です。
「何か、こう、うまく言えないんですけど、イイですね!」
「それが感想を待ってた人間に対する第一声ですか先生」
「いやー、良いものを見たり聴いた時の言語化って難しいんですよ……文字書く時は何となく浮かぶんですけど、誰かを相手に言葉にしようと思うと違うんですよね」
「古美先生、それ根っからのコミュ障って自己紹介してます?」
「えぇ、まぁ」
「何で誇らしげ……」
可哀想な子感が出てしまっている……。下手にフォローしない方がもう良さそう。
「でも、普通の生活を目指そうとして、現実から逃げ続ける若者達っていう姿が、今の時代からすると良くある場面な気がして、明るく面白くしようと写してる分、何か悲哀を感じました」
「……言えるじゃん、感想」
「あ、本当ですね」
あははと軽い調子で朗らかに笑う新美。だが、俺は息をゴクリと呑んでいた。
「しかも、何か……見てる時俺も同じ事を思ったよ」
何故かそんなことが、あぁこの人は俺の知ってる古美先生なんだなと思わせたのだった。
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