②-2 彼氏役とかドラマか漫画でしか見たことないやつ

 新美が最初に行こうと言い出したのは映画館だった。

 その道中、新美がしたり顔で俺に尋ねてくる。


「まずは課長がどれだけ創作に対して的を得た意見が出来る人なのか、見極めさせてもらいます」

「めちゃくちゃ上からですね古美先生、幻滅です」

「ノ、ノリで言ってるだけですから、会社での課長のノリに合わせただけじゃないですか、ね?」

「お眼鏡に叶うように頑張りますね」

「け、敬語やめてください。めちゃめちゃ距離を感じるんですが」

「ま、今日は新美の上司じゃなくて、憧れの作者古美小夏先生に出会えたファンの一人なんでな。さっきは会社の奴らみたいに弄りまくったけど、それ相応の接し方みたいなのが良いかなと」


 と、自分の中でこいつの奇抜な提案に乗っかるにあたって決めたマインド&ペルソナである。


「か、課長って意外にオンオフはっきりタイプなんですね。普通は逆ですけど」

「逆? 何が?」

「普通は家で自然体、会社が真面目って感じですけど、今の課長はその感じが逆っていうか」

「いや、別に会社の俺が自然体ってわけじゃないぞ」

「そうなんですか!?」

「おぉ、そんな顔で驚く事か?」

「だ、だって、先輩達と課長のやり取りとか作った感じがしないっていうか、凄く無理してなくて自然なような」

「うーん、無理してるっていうのとは違うけど、社会的ペルソナってやつだな」

「それってわれなんじ、汝は我……」


 声真似してるつもりなのか、無理してめちゃめちゃ低い声で言う新美。Twitterで知ってたけどこいつもやはり中々にオタクだな。


「いやそれゲームだろ。違う違う。人は誰しもが、社会に出たら仮面を被ってるって話」

「仮面ですか?」

「例えば、西川にしかわって、俺相手だと上司相手として、新美相手だと後輩相手としてって風に接するだろ?」

「よく課長にも色々かましますけどね」

「完全に舐められてるからな……いや、違うそうじゃない」


 こいつ、話の腰と、上司の鼻っ柱を折る天才か? とは思ったが結構興味津々に俺の話を聞いてんな。


「対するものによって自身の外的側面を仮面に例えて、外したり、別のものと入れ替える。多分誰しもがやってる事だけど、この仮面の事を心理学とか倫理ではペルソナっつーんだ。またマーケティングとかでは違う意味の言葉になるけど、ま、それは今はいいか」

「へぇー、課長物知りですねー」


 ぽけーっと口を開けながら感心したような顔を見せる新美。これが俺相手のペルソナっていうのであれば、上司の言葉を褒められて要領のいいやつと思うのだが、このアホづらから察するに素の顔だよ。ペルソナつけろペルソナ。

 そして、そのアホづらはそのまま、んっと首を横に傾げた。


「あれ、で、何の話でしたっけ?」

「だから、俺も会社での俺っていうペルソナをつけて業務に当たってるだけ。無理して演じてるわけじゃねーけど、特段自然体じゃないんだよ」

「なるほど……演じるのとペルソナは違うんですかね?」

「うぅん、難しい事聞くなぁ。あくまで俺の考えだけど、演じるっていうのは意識、ペルソナは無意識って感じかな」

「意識と無意識……」


 じっくりと呟いてるのは何か当人に響いてるのだろうか。


「演じるって事は、相手に対する玉城傑たまきすぐるをどうすればいいか理解した上で接するって事になる。でもペルソナをつけるってのは無意識的に、あくまで自然にその接し方に持っていける状態って事だと思うんだよな。だから、そこまでにあまりに違和感が無いと、新美が思ったように自然体って姿に見えるのかもしれない」


 そこまで言うと隣を新美が歩いて無かった。てゆうかスマホをいじってやがる。


「おい、結構良いこと言ってんぞ」

「あ、分かってます。ごめんなさい。スマホにメモしてて!」


 バッと見せてくるスマホの液晶画面にはズラーっと今言ったことや、俺が新美に話しかけた内容やら台詞やらがずらっと並んでいた。何こいついつの間に書いてたんだよこわっ!

 一人恐れ慄いていたら、新美がスマホをポッケに入れて、ぽつりと口を開く。


「課長って……何でもかんでも人の間合いにズケズケと踏み込んでくるタイプの人間だと思ってましたが、色々と考えてるんですね」

「失敬な。伊達に27で課長になってないし」

「なるほどなるほど。なんだか課長と一緒に映画見に行くのが楽しみになってきました!」

「なんじゃそら」

「私とは全く違う視点を持ってる人は同じ作品を見てどう思うのかって、人物描写で生きそうなので!」


 無邪気なニッと歯の見えるような笑い方に、不覚にも心臓がトクンと跳ねてしまった気がするが、気のせいだ。久しぶりに外を歩いてこうして映画館に着いたからワクワクしてるからとか、おっさんになって歩いただけで心臓がバクバクしてるとかきっとそんな理由。


「さーて、あんだけ上から言ってた人物がどれだけ表現力のある感想を述べてくれるのか、ファンとして楽しみだなぁー」

「めちゃくちゃ棒読み! ふ、ふふん、ま、まぁ、楽しみにしててくださいよ」


 映画館の入り口へと向かう小さい背中をこみ上げる笑いと共に追いかける。

 残念ながら昔からTwitterを見てるので知っている。何か良いものを見た時、感じた時の、古美小夏先生の語彙力の低下具合は。

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