②-1 彼氏役とかドラマか漫画でしか見たことないやつ

 クライアントとか、顧客なんかと契約でおちあう何てのはしょっちゅうだが、誰かと待ち合わせなんて久しぶりだなぁ。

 つか大須観音に来たのが5年ぶりとかでは?

 相変わらずすげぇ鳩がいる。そして人慣れし過ぎていてめっちゃ寄ってくる。

 理由は知っている。こいつらは人間をタダ飯をくれるなんかでっかいの。だと思ってるのだ。

 餌も近くで買えちゃうので確実に観光スポットとして狙っている感じがある。まぁ、露店の唐揚げの残りかすとかあげちゃってる奴もいるけど。にしても新美にいみ遅ぇなぁ。と思ったら周りの鳩たちが一斉に飛び立つ。


「お、お待たせしました!」


 とてとてと駆けて来た姿。私服の姿を見るのは初めてだったので一瞬、目を窄めてしまったが、まぁ、この小さなフォルムは見間違えるわけもない。


「おぅ、俺がクライアントだったら既に新美相手に悪印象だ」

「全然反応がラブコメっぽく無いんですが!?」

「うん、だって普通に説教だし、え、まさかもう始まってるのか?」

「今日付き合ってもらう理由話しましたよね!?」

「あぁ、最近筆が止まってるから、ファンならネタ探しに彼氏みたいな感じで付き合えやって事だったな」

「ちょっ、そんな言い方はしてないです。全然良い話が作れないから、変化を求めてて、力を貸してくれませんか!ってちゃんと言いましたよ!」


 ちゃんとってあんた……頼み方以前に頼んでる内容が図太メンタル過ぎる、略して太メン。いくら相手がファンだって言ったからって、苦手な上司相手にそんなに気を許すか普通……。


「あん時は新美の熱量に押されて引き受けたけど、冷静になって考えてみたら、何で俺なの? Twitterで絡んでる人とか普通にリアルの友達と遊べば良いだろ」


 当然の疑問だと思ったのだが、目の前の新美の表情がみるみる曇っていった。


「リア友には小説書いてる事言ってないですし、ネット上だけでやり取りしてる人は信用してないんですよ……」

「え、なんか訳ありか?」

「初めて会おうと思えるほどSNSで仲良くなった女性作家さんと待ち合わせしたら、40くらいの禿げたおっさんが僕がその女性作家だとカミングアウトしてきた時の話になりますが……」

「軽くホラーだな……」


 新美には悪いがちょっと面白そう。なので是非続きを聞きたいが、当人の吐きそうな顔から察するに、聞かせたくないのなこれ。


「で、消去法で俺をネタ作りの相手役に選んだわけか。お前すげぇな。その太メン」

「太メン? 何ですそれ」

「図太すぎるメンタルの意」

「そんな事無いですし……結構豆腐メンタルですし」

「え? でも何作もの作品をエタらせておいて平気だし」

「ぐぁああああ、その話はご勘弁をぉぉ、どれも完成させる気はあるんですぅう。筆が乗らなくなっちゃうだけでぇええ」


 エタるというのは未完結のまま終わる、放置される、つまりエターナルするから来ている略語。文字書きや読み専には慣れ親しんだ言葉だ。そのどちらも親しみたくは無いだろうが。


「待ってる読者はたまったもんじゃ無いんだよなぁ」

「た、例えばどれを?」

「機械科生徒とか……シルコレとか?」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 目をカッと見開きながら震えつつ、口からたらーっと、よだれを垂れ流す社会人の女性。

 ちょっと知り合いだと思われたくない。


「それどういう顔だよ」


 まま口にすると、新美はぶんぶんと顔を左右に振ってから、両頬共にそれぞれ手のひらを当ててニヤニヤと表情を緩ませた。


「え、えへへ、自分の作品をリアルで口にされるのが恥ずかしいやら、待ってくれてる人がいるっていう事に対する嬉しさが入り混じった顔で……」

「通報モノの顔だな……」

「そこまで酷くは無いと思うんですけども!」


 我に帰った新美さん。良かった。あんなヤベー顔した奴の隣を歩くわけにはいかなかったからな。

 良かったーと一人胸を撫で下ろしていると、目の前の新美がふふんと得意げに服をひらひらとさせながら一回転してみせる。


「てゆうか、どうです! この格好!? ちゃんとデートっぽく気合い入れて来ましたけど!」

「……靴と合ってなくないか?」

「5点の回答!!」

「休みの日なのに元気だなぁ新美は」

「指摘するにも、似合ってないって言うんじゃなくて、何色のが似合うと言い方を変えるとかあるでしょう!?」

「古美先生、リアルの男性意見を知りたいのでは? そんな気の利く少女漫画の男キャラみたいなの求めてんなら他を当たった方が良いと思いますよ」

「うっ、は、はい。ご協力して頂いてる立場なのを忘れてました。反省します」


 ちゃんと深々と頭を下げる新美。変な笑いが込み上げちゃうじゃねぇか。


「お前本当に謝れる奴だな。やっぱ好きだわそういうとこ」

「え?」

「お、なんか今の少女漫画の男キャラっぽかったかも。な?」


 自分でも分かるニヤッとした顔を新美に向けたが何故か俯いてる。

 しかし大きなため息の後、こっちを睨みつけるように言い放って来た。


「50点です」

「わりかし厳しい……」


 今日は……厳しい1日となりそうだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る