①-3 部下の秘密を知ったなら
この通常の遮音性しか無い会議室が、世に誕生してから、恐らく一番の音量の叫び声が響いた事で、起きる現象。
エース二人が部屋に飛び込んできます。
「今悲鳴が! 課長、事案ですか!?」
「課長、私たち信じてたのに!」
「もしもしポリスメン!」
「うるせぇ、ちゃんとお前らの信じてる玉城課長だよ!」
「「ちぇー、なんだぁ」」
この二人! 事案の方が面白かったってか! 部下に手を出して左遷まっしぐらな課長が見たかったですってか!
思わず下卑た感じの笑いが込み上げて来たので、そのままの表情で目の前の東郷、西川に笑いかけた。
「お前らマジで次の査定楽しみにしとけよ」
「パワハラだ!」
「断固拒否します!」
「えぇ!? 査定を!?」
「クスッ」
吹き出す声がして、三人がそちらを向くとビクッと身体を震わせる新美。
「あ、えっと、お二人とも、大丈夫です。営業の件でミスしてたのを課長が気づいて対応してくれてただけなので」
「なーんだ。そんだけですかー」
「帰ろ帰ろ」
新美が誤魔化してくれたお陰ですんなり会議室を出て行くバカ……じゃなかった。部下二人。にしても……。
「何であんな叫び声あげたんだ?」
「だ、だって、会社の人に小説書いてるの知られて、しかも、課長が、読んでるだなんてびっくりしちゃって」
「姫ガイルの2次創作時代から知ってます」
「ぎゃあああっふ……!?」
こいつ、どこぞのおいでやすなんちゃらって芸人より声でけぇ!
あ……しまった! 反射で新美の口を塞いじまった……。
「きゅー……」
「ですよねぇ……」
新美が白目を剥いてぶっ倒れたのを抱き止める。ヤバい、この
さっき冗談で思ってた左遷云々が現実のものになりかねねぇ!
取り敢えず会議室の椅子に座らせて、西川を呼ぶ事にしよう。
× × ×
業務が終わり、颯爽退勤! とはならないのが管理職の悲しいところ。
全員の報告書に目を通し、日報を作り、それをもとに週報、次は月報を作って、課題と目標を明確に。
さっきは帰れないのが悲しいところとは言ったが、実はこの時間は嫌いじゃない。
何故なら営業に行った面々の成果や動きを見る。三人いれば三者三様の営業方法、しかも営業先の数だけ、こちらのアクションに対する反応は変わる。
全く同じ報告書なんて無い。
多分俺がネット小説を読むのが好きなのとこれも似ているんだろう。
ま、良いところだけ挙げればだけどな。
現実は、この報告書の量と向き合う事、報告書を書いてくる奴の書き方のパターンなんかが分かってしまって面白くなくなったりするんだけど。
なので俺も流れ作業でまとめる技術を悲しいかな心得ていくのだ。
ま、こんなもんだろう。全てこなして事務所を出たところだった。
「課長」
あれ、何でここに新美が。目が覚めた後にさっき西川と一緒に帰ったのを見送ったはずなのに。
「新美。さっきはすまなかった。突然触っちまって。でも何でここにいんだ?」
「課長には二つ選択肢があります。記憶と脳片が微塵になるまで殴られるか、ここで私が悲鳴を上げて痴漢と大声で叫ぶか」
「それ肉体的か社会的かでどっちも死ぬんだが!?」
そして、現在に至るというわけだ。
また俺に触られたから恨みを買ってしまったのだろうか。
どうしたもんかなーと頭をかいていると、新美が何故かもじもじしながら、口をとんがらせてたずねてきた。
「……私を脅してどうするつもりなんですか?」
「はぁ?」
予想だにしない問いに、眉根を寄せて全力で疑問顔になる俺。
「だって、意味がわからないですもん! 会社の皆んなにも黙ってるみたいだったし、仕事中に小説サイト見てることを怒りもしないし、目的は何ですか!? ま、まさか、この私に卑猥な事を要求しようというのでは!?」
「あ、大丈夫、俺お前みたいな幼じた……幼い感じの女性は趣味じゃ無い」
「今幼児体型って言おうとしませんでした!?」
「その気ならさっきお前が気絶した時に何かしてると思わん?」
「何かしたんですか!?」
「いや? すぐ西川呼んだ」
「言いようのない悔しさぁ!」
なんだかさっきからこいつめっちゃ喋るな……いつも猫被ってたんか。
「大体エロ同人誌の読み過ぎだろ。そんなのリアルでやったら犯罪じゃん」
「じゃあ一体何で皆んなに隠してくれたんですか!? 怒るところでしょ?」
さっき俺が分からなかった事と全く同じ事を尋ねられたのだが、奇しくもこの瞬間にその答えが分かった。
「誰にも知られたくない事ってあんだろ?」
「へ?」
口をぽかんと開けているアホ面の新美。へぇ、こいつこんな顔もするんだな。いつも俺相手だと強張った顔だからな。
「自分が公言してない事を、知ったからって勝手に言ったりすると思われてたんなら心外だな」
「思ってました。絶対面白がるタイプだと」
「お、おい! まぁ、そこは上司としての振る舞い方を反省しなきゃいけないところかもしれんけど……でも、思い込みは良くないな、うん」
うんうんと頷いて言うと、何故かぷっと、新美は吹き出した。
「そうですね……思い込みは良くなかったみたいです」
な、なんか言い訳したら思ってもないくらい、めちゃめちゃ優しい顔で微笑んでくれたんですけど。
だが直ぐに考え込むように眉に力をいれて、口元に手を当て考えるようなポーズを取っている。
「じゃ、話はこれで終わりだろ。帰るか?」
「課長、お願いがあります」
キラキラ輝く瞳でこちらを見る新美。
経験則、俺はこの目をした女性が最初に口を開いた言葉が吉報だった事はない。
「今度の土曜空いてませんか!?」
「……はい?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます