①-2 部下の秘密を知ったなら
だらだらと汗が止まらんのだが……、いや、まさかな?
そんなわけねぇよ、うん。
たまったま同じ名前で会員になってるだけだろ。そうに違いない。だから今表示されているワークスペースを押したって憧れの古美小夏先生の作品一覧が出たりはしないはずだ。はずなんだ……。
ワークスペースへのリンクをクリックしようか悩んでいるところに、
「課長、
「べ、別に? なんでもねぇけど!?」
新美のデスク&パソコンを挟んで部下相手にどもる俺。我ながらごまかすの下手くそで草。いやだが、草ってる場合ではない!
「何ですか、新美のやつ、何かヤバイサイトでも見てました?」
南原が覗き込もうとして来るので急いでサイトを閉じて、検索履歴を消すミッションをコンプリート!
「あれ、ただのシステム画面だ。え、課長マジで何見て慌ててたんですか? 画面に写る自分の顔?」
「自分の顔で慌てるって何?」
「鼻毛出てたとか?」
「出てないですぅ!」
ほんまこいつ失礼なやっちゃでぇ! と出そうになった似非関西弁は心の声だけにとどまらせる。あと念の為、鼻毛出てないか後で確認しておこう。
「じゃあ、何で慌ててたんです?」
「いや、今日持って行った新美の営業用資料、データで共有前に持ってってたから、元データ何処にあるのか分かんなくて焦ってただけ」
「あぁ、なるほど。
「そうそう、お、あったあったぁ」
よし、なんとか上手いことごまかせたようだ。ま、怪しまれないように、さっきから本当にデータもらえてないから探していたんだけども。
でもあれ? 俺なんで新美がカクヨムのサイト開いてたこと、南原に隠してあげたんだ? 別に俺がやましいことあるわけじゃないのに……。
データをクラウドに上手く共有したタイミングだった。
部屋の入り口の方からガチャコーンという扉の音。
何事かと思ってそちらを見ると、肩を上下させ、ハァハァ言いながら、自分のデスクにいる人間を信じられない物を見るような目で見ている新美。
そしてそんな新美の姿が、いつもの姿からは信じられないと思ってあっけに取られる俺+他営業二課面々。
「ど、どうした新美?」
問われて目をきょろっきょろ泳がせている。これはもしかして……?
「す、すみません課長、パソコン落とし忘れてて、えっと」
「お、おぅ、その為にわざわざ戻ってきたのか。気をつけろよ。パソコンは俺がシャットダウンしとくから」
「は、はい、それであの……?」
「うん、取り敢えず西川待たせてるんだろ? 後で話があるから営業終わったら俺のとこ来てくれ」
「う……は、はい」
こちらにぺこりと一礼した後、早歩きではあるが、覇気のない足取りで入口に向かう新美。
俺相手に必要以上にびびってる+多分カクヨムのサイトを開いていたことを、俺に気づかれた事を察したのであろう。今までで一番顔が青ざめている。
何かその顔見てるだけでめちゃめちゃ罪悪感で今すぐに事情を説明してやりたいが、西川のみならず、営業先を待たせて、迷惑をかけるのだけはダメだし、許せないからな。
ふぅ、と一息ついたら、何故か周りから刺さるような視線。
内視線の一つを放つ南原へ尋ねる。
「な、何だよ」
「パソコン落とし忘れてたくらいで、新美をいじめないでくださいよ? あいつどんだけ失敗してもへこたれないですけど、課長の説教はめちゃめちゃ落ち込むんですから」
「何で俺が説教するの前提で話してるんだ?」
「違うんですか?」
「ちっげぇよ。はい、おめーらも散った散った!」
新美の奴マジで営業第二課の皆に愛されてんな……普通仕事が出来ない奴って嫌われるイメージだけど、新美は俺らにも、クライアントにもちゃんと謝れるし、ミスの報告は気づいたら絶対するもんな。
ミスを隠そうとするか、なかった事にしようと勝手な仕事をして、自分も自社もクライアントも関係無い業者まで大火傷なんて事態を引き起こす奴を何人か見てきた。
大人になる、会社に長く勤めるにつれてミスの報告ってのは簡単であるという事から難しい事になっていく。
逆にそれが出来る奴は、信頼出来て、仕事が出来なくても、先輩に愛されるタイプになるってのは、ままある事なんだよな。ま、あんまりそのミス自体が多いとダメだけど。
くそぅ、他の部下からの好感度を犠牲にしながらも、新美の失態を隠したんだ。
俺は再び新美のパソコンからカクヨムのサイトを開く、ふっ、やはりカクヨムは都度ログイン系のサイトじゃ無い。
俺には見る権利があるはずだ(意味不明)暴いてやるぜ……あいつの秘密を!!
× × ×
夕方になり、終業間近、西川と新美が事務所に戻ってきた。
そして、新美は真っ先に俺の元へとやってきたので、会議室まで連れて来させる。
だから周りの奴ら、俺を睨むんじゃ無い。説教とかじゃ無いから。いや、まぁ業務中だし、説教の
会議室の明かりをつけて、どんよりとした様子の新美に俺は話しかける。
「まさか、新美が古美先生だったなんてな」
「……え?」
予想とは違う方向の言葉だったのか、新美はその大きな目を何度かパチクリとさせた。
「あ、いつも読んでます。ファンです」
「ぎゃああああああ!!!!」
おそらくこの会議室が出来てから一番の大声が響き渡った瞬間であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます