読み専上司はつらいよ。

TOMOHIRO

①-1 部下の秘密を知ったなら

「課長には二つ選択肢があります。記憶と脳片が微塵になるまで殴られるか、ここで私が悲鳴を上げて痴漢と大声で叫ぶか」

「それ肉体的か社会的かでどっちも死ぬんだが!?」


 目の前のちっこい女が、異様なまでに怪しく光る眼光でこちらを睨みつけてくる。

 いったい何故こんなことになったんだっけ……。


 × × ×


 各世夢物産で課長として働く俺、玉城たまきすぐるが新入社員だった頃、出勤して一発目に朝礼をする意味が全く分からなかった。

 課にいる十数人の当日の動きなんて知ったところで、全員分のその後の動向を上司が追うわけもねーし、当日の業務は終業時に報告書を提出するわけで。

 じゃあ、その朝の朝礼30分の時間で別業務した方が幾らか建設的じゃないですか?

 って当時は思ってた。思うだけで別に上司に進言したりはしなかったけど。

 だから、もし俺が昇進する事があったら、こんなクソみたいな制度取っ払ってしまいたいなぁなんて思っていた時期が……あったんだけどね。


「じゃあ朝礼始めます。んじゃ東郷とうごうから報告事項」


 会議室の一室。朝からハッキリと言う。するとiPadを一瞥してから、ビシッとしたダークブラウンのジャケットに身を包んだ相変わらずの爽やかイケメンが報告をし始める。


「今日は徳山興産行ってきますけど、先方都合で14時からなんで、昨日残した事務処理やってから行きます……後は」

「昨日は風見開発だったか。先方の感触どうだった?」

「個人的には良かったかと。すみません。その報告書を朝作る予定で」

「いや、明日でいいから帰れって言ったの俺だからさ。昨日はちゃんと間に合ったか?」

「えぇ、おかげさまで、課長ありがとうございます」


 ばつのわるそうに苦笑いを浮かべるうちのダブルエースの一人である東郷へ、別にいいからと手を振る。

 次に声を上げたのは、ネクタイを整えるように弄った後、軽く充血した目をこちらに向ける南原なんばらだ。


「海原商事との包括契約の件まとまりました。今日契約書持ってきます」

南原なんばら、昨日は遅くまで先方との擦り合わせの反映ありがとうな。今日は契約終わったら直帰でいいから。終業後の報告だけメッセ飛ばしといてくれ」

「いや全然大丈夫っすよ課長!」


 充血させた目をカッと見開いた南原の反応に思わずぷっと吹き出す俺と周りの面々。


「まーた素が出てんぞー。注意力散漫な仕事は自分はもちろん、誰の為にもならんから。これは命令。いいな?」

「……ありがとうございます。お言葉に甘えます」

「もう少ししんどいだろうけど、契約締結までは頼んだぞ。なんかあったら連絡くれ」

「了解です!」


 ぺこりと頭を下げた南原。いや、本当頑張ってたからな。本当は誰かに任して、今日これからゆっくり休んで欲しいぐらいだけど、南原は人に任せるの苦手なタイプなの知ってるし。

 さて、うちのもう一人のエースは……いない。


「次は……そっか、西川にしかわは直行だったな。昼からは新美にいみと同行だったと思うけど……新美、準備できてるか?」

「…………」


 問うと目が合わない。というか合わせてくれないし、完全に硬直している。悲しいかななので驚きもしない。


「新美?」

「……準備しました。持ってく資料、承認用にそこに置いてます」


 うっそ、あの新美がと思い、もう一度自分の提出用のケースをチェックする。


「え、本当か? 朝に一通り目ぇ通したけど無かったと思うぞ」

「あ、じゃあ出してないかもしれません」

「うぉおい!」


 ビクンとその肩が揺れた。しまった。ツッコミで大きい声を出してしまった。

 新美がプルプルと震えているのはさながらチワワを彷彿とさせるようではあるが、俺は頼むからそろそろ柴犬ぐらいの成長を見せて欲しいと願っている。タフなマインド的な意味で。決してサイズ感的な意味ではない。


「あ、えっと、じゃあ新美は10時までに一回作った資料を俺に見せてくれ。次は……」


 さも小事しょうじであるかのような反応を取り繕い、次の角田さんの報告を聞いてはいるのだが、おい、新美、そんなあからさまにやっちまったっていう反応やめて、燃え尽きたボクサーみたいにうなだれるの分かりやす過ぎるわ……。

 新美小春にいみこはる。今年入ってきた新卒の女子社員だが、出会いは中々に壮絶だった。

 新美が4月の研修時の挨拶に来た時の事だった。


『け、研修の新美です。よろしくお願いします』

『おぉ、よろしく、あ、肩に糸ついてるよ』


 そう言って俺が糸くずを取った瞬間の事、新美は背面からぶっ倒れかけたのである。

 引率してきた西川が後ろで抱き留めてくれなければ、床に頭をぶつけてたかもしれない。

 その時は何が起きたのかさっぱりだった俺と西川だったが、後に分かった理由はとんでもないものだった。


「今日は新美さんと会話出来ましたね、課長」

「あれは会話か?」


 朝礼後、報告書をまとめてきつつ、表情に愉快さを隠しきれてない東郷が、俺のデスク傍まで来て話しかけてくる。

 

「顔が青ざめて無かったですよ。一歩進展ですね」

「先長いなおい」

「まぁ、触られたら気絶するくらいの男性恐怖症だったのが、今や話しかけたら返事が来るようになったわけじゃないですか」

「いやそうなんだけどさ。毎回毎回声かけたら怯えられちゃう俺の気持ちを想像してみ?」

「つらいですね」

「他人事って顔じゃねぇか」


 実際、東郷は新美との距離の取り方が上手い。必要なことは社内メッセージを飛ばしてから話しかけたり、受け答えなんかも最小限で聞き取れるようにスムーズにやってるかんな。


「気長にやりましょうよ課長、転属希望出さないってことはそれなりに新美さんもここで頑張ろうって気があるんでしょうから」

「それは俺が怖くて言えないって可能性は?」

「仕事戻ります。失礼しました」

「えぇ……答えてくれよ……」


 ニコッと笑い、さらっと自分のデスクまで戻っていく東郷。こっちはでかいため息が出た。

 これまで、そこそこ部下の皆とはうまくやってきた自負があった俺は、今まさに壁にぶち当たっている。だってコミュニケーション取れないのに、どうやって上手く一緒に仕事しろってんだよ。無理ゲー感半端ないぞ……。でも、新美って頑張る奴なんだよなぁ。この前の営業先の事をまとめた資料も、ミクロな視点は皆無だったけど、マクロな視点では膨大な量を調べてた事、分かってるし、不器用だけど、一生懸命仕事する奴なのである。だからこそ打ち解けたいっていうのがあるってのに……。


「課長お疲れ様です」


 プラスチックファイルを俺に提出して来た美人。うちのダブルエース兼ハイパーサバサバ系キャリアウーマンの西川にしかわあずさである。朝の営業先から帰ってきて報告に来たのかと思ったが……。


「おかえり。あれ、何で西川が営業用の資料持ってくるんだ?」

「やだなぁ。課長が気絶させちゃうからですよ。小春ちゃんは、車の準備させてます。私もチェックしたので資料の承認お願いします」

「普通俺が承認してから車の準備させるだろ…………ん、まぁ、OKなんだけどさ」


 中身を確認しながらファイルを返すと勝ち誇ったような顔をしてくる。あとウインクうめぇなこいつ。


「ね?」

「ね? じゃねーんだよなぁ……。西川、ちゃんとした手順で新美に仕事教えてんだろうな?」

「ちゃんとした手順……?」

「それなんだっけ? みたいな顔はおかしいと思うよぼかぁ」

「もう課長。細かい事気にしてるとハゲますよ?」

「細かくねぇっつの」

「行ってきまーす」


 ファイルを手に早歩きで去っていく西川。逃げやがったな……。

 あ、新美のやつ、ちゃんとパソコン落としてから行ったかな。この前忘れて営業行ってたかんな。

 ってやっぱり付けっぱなしにしてんじゃねぇか。こりゃ説教だな……西川が新美に。俺がやったら新美が心臓マヒになる可能性があるから、いやマジで。

 ……ん、こいつChromeまで開きっぱじゃん。なんか調べ物でも……ってこいつぁカクヨム じゃねぇか!?

 カクヨムは無料で小説を読むことが出来るwebサイトだが、え、しかも会員ページ!! 

 まさかあいつもネット小説好きなんだろうか?

 あいつもというのは何を隠そう、俺の唯一の趣味とも言えるのがネット小説を読む事なのである。

 文庫本のように商業化されてない小説を読む事に、そこまで価値があるのかと言われたことがある。

 そりゃ、拙い文もある。【てにをは】すらマトモに出来てない、小説とは言えないようなものだって少なくない。

 けど、ネット小説にはその拙さすらワクワクさせるような熱量を感じる時があるのだ。

 これを書きたくて仕方ない。と、読むだけで感じさせるようなそんな熱量を感じるような作品に出会えると、思わずニヤついてしまう。

 俺が一番好きなのは古美小夏先生だ。絡んだことはないけどTwitterもフォローしてるし、出した作品は必ず読んで感想付きで星をつける。あ、星というのは小説の評価を左右するカクヨム内での指標である。

 新見も好きな作者とかいるのだろうか。おぉ、それもコミュニケーションを取る為の話題になるかもしれん!

 何々、新美のユーザーネームは……え?

 古美……小夏? え、あれ、おやおやぁ?










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