第3話
電話のコールがなっている、鳥越のだ。
申し訳なさそうに教授に会釈をして電話に出た。
自分の安否確認とかそういうものが友達か親から来たのだろうと思って画面を見た。
桃子
電話を掛けてくるであろう人のリストから既に名前が抹消されていた。
一番あり得ない人からの電話ほど怖いものはない。
彼女は周りの都合は気にせずに自分が都合の良いように物事を運んでくる。
鳥越は冷や汗を抱えながら緑色のボタンを押した。
鳥越の電話への緊張ぶりは多分まわりにいる誰が見ても分かるくらい定型のものだった。
「もしもし、」
「“もしもし”じゃないわよ!!
今どこにいるの?」
ああ、これはやらかしたやつだ。
瞬時に鳥越は理解した。
何が彼女を怒らせているのか、こんな風にしているのかは想像もつかないが、取り敢えず言えることは逆鱗に触れたというその一言だった。
「まだ大学にいる。」
「こんなときに研究なんてやってるの、あなたは呑気で良いね。」
嫌味を言われているのは誰しも分かる。
地震が起こった直後とこの電話では彼女の話の方向性が違いすぎて毎日のように話せている鳥越に尊敬の意を示したくなる。
「今、研究は、」
「言い訳なんていいから。」
鳥越が威圧されているのが言葉を遮られたところからも窺える。
「私と研究、どっちが大事なの?!」
鳥越は反応に困ってしまった。
今、ここにいるのは桃子が地震を気にしていないようだからでさらに研究をしているわけではない。
ここでこれを言うとどうなってしまうのかおおよその想像がつく。
彼女のことを嫌いとは鳥越は言わない。
普段が冷淡な中、二人の時はとても甘々でそういうギャップが好きなのだ。
けれども最近は普段の冷淡さが増している気がする。
「こんな風に私を大事にしてくれないなら婚約も破棄するよ!」
正確には鳥越と佐々木は婚約を結んでいない。
ただ、ほぼ婚約のようなものはあるのだ。
話は鳥越と佐々木が出会った高校生のときに遡る。
二人は同級生で1年生のときのみ同じクラスだった。
たまたま共通の趣味がありそこから親交が進んでいった。
当時の佐々木は今のような言葉に棘が潜んでいるような人ではなくてとても優しいタイプだった。
そんな彼女にいつしか鳥越は惹かれていき、ほぼ同じタイミングで佐々木も鳥越に惹かれていった。
彼らが1年生の年度末に佐々木の方から想いを伝え、無事にカップルとなった。
鳥越は高校生のときから研究職に就きたいという強い思いを抱いていてそれは彼女となった佐々木に話していた。
研究職に就くために大学、修士、博士と進むことも表明していた。
高校生ながら、と言うのは忍びないが“結婚”ということを二人で想像しまた話していた。
鳥越の中では夫婦に対する固定観念によって自分がちゃんと稼げるようになる必要があると思っていた。
そのため学生である博士課程の段階では結婚は難しいと話をし、結婚自体を先延ばしにしたくないので職に就いてから生活が安定したところで結婚をしたいという意思を示していた。
これが佐々木の言う“婚約”だ。
鳥越自身も高校生のときの自分の発言の通りに今も思っているし、そろそろ考えてもいいかなと思っていた時期だった。
「僕は今研究しているわけではないんだ。
大学の職員として学生のために出来ることをしているだけ。
桃子のことがどうでも良いとかそんなことない。
今すぐ家に帰った方が良いなら帰るよ、優先順位は桃子だから。
もしこれでも分かって貰えないと言うなら直接ちゃんと話そ。」
とにかく今の思いという思いをすべて言葉に詰め込んだ。
分かってくれ、という自分の意思が後ろには隠れているが、それは言い訳をしたかったわけではなく桃子と一緒にこれからもいたいんだという思いの象徴だった。
「ふん、そこまで言うなら今すぐ帰ってきなさい。待っててあげるから。」
佐々木の言葉は立場が私の方が上だよ、と言わんばかりの口調で発せられたもので鳥越が今どれだけ不利な状況にいるのか目に見えてくる。
「分かった、今すぐ帰る。」
そう言ったときにはもう電話は切れていた。
どこまで聞いていたのかは分からない。
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