第2話

一体、『ぐげ』とはどんな生き物なのか?

インターネットで検索をかけてもそれらしい情報は集まらなかった。

唯一ヒットしたのはチベットに存在し篤く仏教を信仰していた『グゲ王国』というものだが、すでに滅亡しているらしい。

王国は現在、中華人民共和国チベット自治区のガリ地区プラン県となっている。

俺が知りたい『ぐげ』に関する情報はなにも得られなかった。


「作者や出版社から当たってみるのはどうだい?」


仲の良い同僚に『ぐげ』の画像を見せると、彼はこのようなアドバイスをしてきた。


「それもやってみたんだけどな……」


例の図鑑は『山下書房 動物大図鑑』というタイトルだった。

山下書房はすでに潰れており、社長の山下清輔は1995年に他界。

編者として書かれていた山下書房編集部のメンバーの足取りは全く掴めない。

図鑑は1947年3月20日に初版が印刷されたようだが、それが何部刷られたのか、第何版まで存在するのか、といったことも一切不明。

著者として名前が載っている清水春美という人物も消息不明。

名字は俺の爺さんと同じだが、清水なんてありふれた名前は全国にごまんといる。

それに、今もなお生きているとしても126歳の婆さんだ。

あまり見込みはないだろう。

これらの情報は全て図鑑の奥付から得られたものだ。


「……というわけで手がかりはなかった」

「なるほどね」


同僚と俺は互いに唸り声をあげる。捜査は完全に行き詰まってしまった。


「その図鑑、『ぐげ』以外に妙なところはなかったのか?他にも変な生き物が載っているとか」

「そう思って俺もチェックしてみたんだけど、『ぐげ』以外はいたって普通の図鑑だった」

「僕にも見せてくれよ、その図鑑」

「いいよ」


俺は通勤鞄の中から図鑑を取り出すと同僚に渡した。


「おいおい、毎日持ち歩いているのかよ」

「そんなに重くもないしな。気になったことがあったら調べられるように最近はずっと鞄の中に入れてある」


そのおかげで娘はすっかりご機嫌斜めになってしまった。

まあ、そのうち図鑑のことなど忘れてまた新しいものに興味が移っていくだろう。

ちいさい子供の心は移ろいやすく、冷めやすい。


「何十年も前のものにしちゃ随分と状態がいいんだな」

「物置の奥深くに眠っていたからな」

「もしかしたら大事なお宝かも。目立つ汚れもまなちゃんのよだれくらいか?綺麗なもんだ」


ぺらぺらとページをめくっていた同僚の手が止まる。


「おい、ここ見てみろよ」


同僚がニヤリと笑う。

開いているのはヘビのページだった。アナコンダやハブ、アオダイショウなど一度は名前を聞いたことがあるものばかりだ。


「ヘビがどうしたんだ?」

「よく見て」


確かに妙なものが描かれていた。滑らかな体をもつヘビのイラストの中、1匹だけ他とは違うものが描かれている。

胴体が太いそのヘビには『つちのこ』と名前がつけられていた。


「つちのこ?聞いたことはあるけど……」

「動物園に行っても、博物館に行ってもこいつには会えないんだ。まだ誰も捕まえた人がいないから」


全国各地で目撃情報が寄せられているが、実際につちのこが捕まえられたことは未だかつてない。

ネッシーや雪男のように未確認生物として認識されている。

数年前にもテレビの特番で芸能人がつちのこを捕獲して懸賞金をてに入れる、という企画が行われたが結局誰1人として捕まえられた者はいなかった。


「未確認生物、最近ではUMAと呼んだほうが分かりやすいかもしれない。あるいは、妖怪の仲間だとする人もいる」


さらにぺらぺらとページをめくりながら同僚は語る。


「この図鑑、やっぱりちらほら妙なところがある。例えば、ここ。ナウマンゾウやマンモスにしたってすでに絶滅しているがアフリカゾウの隣にしれっと描かれている。」

「本当だ」


確かに茶色い毛むくじゃらのゾウが灰色のゾウの隣に並んでいる。

俺は全然気がつかずにスルーしてしまっていたというわけだ。


「この図鑑の著者である清水春美が遊びでいれたのか、出版社の企画部かなにかがおふざけでいれたのか……」

「イラストレーターが勝手に描いたって線もあるよな」


いずれにせよありとあらゆる可能性が想定される。

真相に近づいたような、遠のいたような、なんともいえない気分だった。


「まあ、でも絶滅動物や妖怪、UMAって考え方は悪くないんじゃないか?」


同僚は『ぐげ』の絵を眺めながら言った。


「僕は妖怪説を推すね。だってこんな生き物、どう見ても妖怪のたぐいだろう?」


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