起点
惑星プファルツの破壊作戦にはジーメンスの旗艦とミサイルを搭載した特殊工作艦の二隻のみが投入された。これ以上の戦力の投入は目立つし、目撃者を増やすことは得策ではない。将兵には反乱鎮圧のための無力化ガスの投射と説明された。
「こちらは星系守備艦隊所属第一五三戦隊第八巡航隊アルフレート・フォン・フーバー少佐である。貴艦の船名と所属を告げ停船せよ。従わない場合は撃沈する」
ジーメンス隊が惑星に接近すると三十隻ほどの艦船が出現して接近してきた。事前通告の無い惑星への接近は撃沈の対象となる。
「我々は参謀本部の特命により作戦行動中の特務部隊である」
「臨検を行う。停船せよ」
有無を言わさずに停船を命令してくるフーバーの部隊に対して迎え撃とうにも二隻しかいない。勝てる見込みなどまるで無かった。
「想像より早く発見されましたがこの位置からでもミサイルの発射は可能です。直ちに発射して反転離脱すれば、攻撃を受けることなく撤退が可能かと」
ミサイル運用のために乗艦していた技術士官が言った。
成功させなければジーメンスの身の安全は保障されない。ジーメンスに逡巡している暇はなかった。
「…ミサイル発射。直ちに反転せよ」
技術士官は無表情のまま敬礼し、コンソールに向き直った。
「ワスカランに伝達。ミサイル発射」
特殊工作艦ワスカランが二発のミサイルを発射した。すぐに二隻は反転して最大速力で離脱を図る。
「奴らは何をしているんだ?」
防衛艦隊側の指揮官フーバー少佐は目を細めた。
ミサイル二発程度、惑星からの対空砲撃で簡単に撃墜できる。何がしたいんだこの部隊は?
「惑星防空司令部に伝達。ミサイルを迎撃させろ。それと、参謀本部にこの件を報告しろ。この件の真意を質す」
アルフレート・フォン・フーバー少佐はこの時二八歳。その能力は高く買われており、宇宙軍大学校への入校を間近に控えていた。ここプファルツに生まれた彼はここに一年前に結婚したばかりの妻と暮らしていた。
「惑星防空システム起動。対空迎撃ミサイル発射」
惑星地表の対空ミサイルランチャーから四発のミサイルが発射される。電波吸収素材、電波妨害が標準装備となってレーダーが一切通用しなくなった現在では光学誘導が最もスタンダードな誘導兵器の誘導方法であった。
「正体不明の部隊、ジャンプしました」
フーバーは首を傾げた。
「何がしたかったんだ?」
本来であれば敵が消えたのだから戦闘配置は解除するのが常識である。しかしどこか腑に落ちないフーバーは艦隊を戦闘態勢のままに待機させた。
突然オペレーターが大声を上げた。
「正体不明のミサイルより小型ミサイル発射!迎撃ミサイルが撃墜されました!」
青年少佐は目を見開いた。そんなミサイルが存在するのか?
ミサイル以外の防空装備は存在しない。無論地表には迎撃用のレーザー砲台も設置されているが、当然対空砲による防空網には穴がある。このような辺境惑星では軍事基地と都市を防御するため数基が設置されているのみであり、このミサイルは何もない無人の大地へと落着したのだった。
「ミサイル、地表を貫通した模様!」
フーバーは艦橋のスクリーンに歩み寄って凝視した。もはや彼にできることは何もない。
「地下空間で核爆発の反応を確認!地中深くのガス空間まで到達した模様!」
「何だと!?」
数キロに及ぶ厚い岩盤を平気で貫通したとでも言うのか。それよりもガスに誘爆したと言うことは…
次の瞬間、惑星の地下から眩い爆炎が沸き上がった。分厚い岩盤も一瞬にして炎に切り裂かれ、砕かれ、粉々に粉砕されて消滅する。そこには自然と人工物の区別など無く、僅か数秒にて惑星全体が燃え上がる業火に包み込まれたのであった。
「エマ―リエ!」
思わずフーバーは妻の名を叫び、感情の赴くままスクリーンを殴りつけ、そして床に崩れ落ちた。それを感情過多な若者の衝動だと馬鹿にできる者は誰もいない。目の前の百万の人命諸共爆炎に包まれた惑星を見せつけられて人を笑うような余裕などあるはずが無かった。
惑星は地表が完全に燃え尽きたもののその質量が消滅した訳ではなかったからその後も惑星プファルツそのものは星図から削除されることなく残り続けた。しかし地表には有毒ガスの蔓延する焼け焦げ、荒れ果てた焦土のみが残され、もはやそれを所有したり、ましてや訪れる者など存在するはずがない。目撃者は第八巡航隊の兵員たちだけだったが彼らには徹底した箝口令が敷かれた。フーバーは自分の妻が目の前で焼き殺されたにもかかわらず、その事実に対して一切の追求を許されなかったのである。
作戦自体は極秘であり、その立案者も実行者も闇に葬られた。自分の利権を惑星諸共消滅させられたヨッフェンベルク公は烈火の如く怒ったが証拠を出すこともできず、泣き寝入りするしかなかった。
この事件の後フーバーは限られた情報を調べ上げ、僅かばかりの事実の断片から真実の宝石を見つけ出した。そうと知ったとき彼がこれまで全く疑問を抱くことの無かった貴族社会の弊害に対して強い怒りを抱き、その是正、或は打倒を誓ったことは容易に想像がつく。この事件が彼を軍部内の改革派に走らせるきっかけとなった。
「間もなくプファルツ造船所に入港します」
艦長の声にジーメンスは思考を現実世界に引き戻された。
人類史でも類を見ないほどの大罪をボタン一つで実行させられた彼は約束通りに少将へと昇進した。しかしその後も平民である彼が素早く昇進できたわけではない。テーダー戦争の中で中将となり、師団長に就任するまでにも八年もの期間を要した。しかし晩産故に当時まだ十五歳だった息子を無事に大学に送り、無事に社会人として送り出すために彼は軍人として黙々と働き続けたのである。彼が実行した後ろめたい仕事も家族にすら明かすことなく、その罪状を一人で背負ったままに。
彼もまた貴族社会の根本的な欠陥をその身に味あわされた身であった。それだけに内心まだ二十歳を過ぎたばかりの英雄に期待する心理があったのである。彼であればもしかしたら時代を変えてくれるのかもしれない。その希望を彼が抱いたとしても、何らの不思議はなかっただろう。
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